カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.6
紹介書籍 『現代思想入門』
2022年6月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
デリダ、ドゥルーズ、フーコー、パンクス
「待つべきなのか、向かうべきか 薄ら笑いで歩いてゆこうか」
かつてこのように歌ったパンクバンドがいた。一見するとどっちつかずで、主体性がなくて、意志が弱くて曖昧で、パンクとはほど遠い歌詞のように思える。でも、「待つべきか、向かうべきか」という命題に答えをださず「薄ら笑いで歩いてゆこう」とするのはとてもパンク的な態度だと思う。
パンクスはAかBかという二項対立を疑い、はみ出し、葛藤しながら新たな在り方を模索してきた。なぜなら、AかBかという命題に対し、Aを否定すべきものと断定しBを肯定することで生まれるのは、優劣や勝ち負けといった分断で、それが発展すると他者への差別に発展し、その最悪の結末はパンクスが最も嫌う戦争だからだ。
例えば支配する者/される者という二項対立の場合、パンクは支配される側から生まれた反抗の音楽だけど、パンクスは支配者を打倒して支配する側にまわるのではなく、その統治のシステムを疑い、権力構造の外にはみ出す方法を模索する。
資本主義/社会主義という二項対立の場合、パンクスは自分たちが暮らす資本主義社会を否定するけど、かといって時の政権を打倒して社会主義を目指すわけではなく、そもそも国家という在り方を疑い、アナキズムの思想を模索する。
仕事か/趣味かみたいな二項対立の場合、パンクスはバンドを諦めて就職するみたいなことはせず、労働者として働きながらバンドもやる。
「バンドとわたしどっちが大事なの」という二項対立の質問をされた場合、パンクスは葛藤しながら「バンド」と答え、フラれて絶望する。
最後の例は余計かもしれないが、こういったパンクスの思想はフランスのデリダやドゥルーズ、フーコーといったポスト構造主義の思想に通ずる部分があると思う。と、急にパンクスらしからぬインテリ風なことを述べたのは最近『現代思想入門』を読んだからだ。
本書は哲学者の千葉雅也が難しい現代思想を私達の日常に寄せてわかりやすく解説してくれる入門書で、例えばポスト構造主義の考え方を昼にカツカレーを食べるか/食べないかで例えたり、お酒を飲みに行くか/行かないかで思考を展開してみせたりする。これによって現代思想がずっと身近なものに感じることができるので、読者それぞれが自分の実体験と結びつけながら現代思想を学ぶことができる。私は勝手に、自分が好きなパンクの思想と結びつけながら読んだ。
私が現代思想とパンクの思想に通ずる部分を感じたのは「二項対立の脱構築」的な考え方だ。それは端的に言うと「秩序から逸脱」する思想で、そのスタンスを著者はこう説明する。
「いったん徹底的に既成の秩序を疑うからこそ、ラディカルに「共」の可能性を考え直すことができるのだ、というのが現代思想のスタンスなのです」(P.22)
ここで言う「共」の可能性とは、他者と共に生きる可能性のことを指す。つまり、既成の秩序からあえて逸脱するのは、支配的な他者を失脚させたり、対立する他者の価値観を矯正するためではなく、他者と共に生きるための新しい在り方を模索するためということだ。それはパンクスが権威的な秩序に反抗するスタンスと同じじゃないか。
現代思想を学ぶと、複雑なことを単純化しないで考えられるようになる、と著者は言う。そして、人生のリアリティはグレーゾーンに宿ると言う。それは例えば「待つべきなのか 向かうべきか」という命題に対し、迷わずにトライ!みたいな感じで突き進むのではなく、葛藤したあげく「薄ら笑いで歩いてゆこう」というグレーな態度をとることにこそ、パンクのリアリティがあるということだと私は勝手に解釈した。
読後、灰色な毎日の中で失いかけてた希望の光が見えた。
最後のあとがきで、著者の千葉雅也はこう添える。
「本書は、『こうでなければならない』という枠から外れていくエネルギーを自分に感じ、それゆえこの世界において孤独を感じている人たちに、それを芸術的に展開してみよう、と励ますために書かれたのでしょう」(P.244)
つまり、パンクスのために書かれた名著。
紹介書籍
現代思想入門
著:千葉雅也
出版社:講談社
発行年月:2022年3月
プロフィール
小野寺伝助
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