カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.2
紹介書籍 『人新世の「資本論」』
2022年3月24日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
2021年3月 Web初出
あなたが変われば、世界も変わる
うちの近所のスーパーは「Everyday Low Price」というスローガンを掲げていつでも安い。先日、お気に入りのプリンが安売りされてて大量購入した帰り道、そういえばかつてアメリカで「If It Ain’t Cheap, It Ain’t Punk(=安くなければ、パンクではない)」というスローガンを掲げて活動していたパンクのレコードレーベルがあったことを思い出した。
「Everyday Low Price」と「If It Ain’t Cheap, It Ain’t Punk」。
この2つのスローガン、似ているようで実はベクトルが全然違う。
前者は資本主義社会の中で“安さ”を売りにすることで競争優位性を確立し利益を得ようとするスローガンなのに対し、後者は利益を得ようとする態度自体を否定し資本主義社会に反抗するためのスローガンだからだ。
そのレコードレーベルはリリースする音源を全て5ドル以下で販売したり、仲間たちと地元でDIYなフェスを開催し収益を慈善団体に寄付するなど、その一貫した反資本主義的な態度に私は随分と痺れた。そこには相互扶助の精神と、規模の拡大ではなくローカルなコミュ二ティを大事にする自治の精神があった。
しかしそれは営利を追求しないパンクのレーベルだから貫けた姿勢であって、ビジネスの成長と拡大を追求する大企業の場合はそうもいかない。“安さ”を維持しながら利益を出すためには製品を人件費の安いアジア各国で作ったり、非正規雇用の労働者を長時間働かせたり、大量生産のために大量のCO2を排出したり。生産から流通の段階で労働者や環境を搾取する構造がどこかに潜んでる。
パンクスが反資本主義的な態度をとるのは、彼らが権力や資本に搾取される労働者や若者、女性達だからだ。
社会が発展して暮らしは豊かになると思いきや経済格差は拡がるばかりで、そのうえ気候変動が深刻になってきた。この世界を変えなきゃマズいと感じて、エコバッグとマイボトルでとりあえずのSDGs。なんとなく、サスティナブル。
そんな私の心をビンタしたのは『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平だ。
著者は本書の冒頭で、SDGsは気候変動を止められないどころか目下の危機から目を背けさせる現代版「大衆のアヘン」であると言う。エコバッグやマイボトルで環境に優しい暮らしを心がければ気候変動は止まり、我々の暮らしが持続可能で豊かになる。そんなことは、残念ながら起こり得ない。根本的にこの状況を変えるためには資本主義に向き合う必要があるとして、著者はこう言い切る。
「私たちの手で資本主義を止めなければ、人類の歴史が終わる」(P.118)
パンクスばりの反資本主義的な姿勢に少したじろぐ。でも、本書を通読すれば著者が本気で世界を変えようとしているのがわかる。経済格差、人権、ジェンダー、気候変動など諸問題の全ての根っこをたどっていくと、資本主義自体が抱える問題が原因となっている。だから、社会の根本から変えなきゃダメなんだよ、と。
資本主義を批判する書物は数多く存在しているけれど、本書が他の書物と違うのは、目指すべき社会のあり方を具体的に示し、世界を変えるために自分たちに何ができるのかという深部まで踏み込んでいるところだ。
世界を変えるために著者が提示するキーワードは「相互扶助」と、自治に基づいた「脱成長コミュニズム」。前述したレコードレーベルにも通ずるパンク的な思想じゃないか。
でも実際問題、この世界で暮らす全員の意識を変えるなんて、やっぱり無理じゃないの?と途方に暮れてしまう読者もいると思う。私も途方に暮れた。
そんな読者に対して著者は本書の最後で、3.5パーセントの人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると社会が大きく変わるという研究結果を紹介して、希望の種を撒く。
あなたが変われば世界が変わる。だから、オレたちで世界を変えてみせようぜと、パンクスに手を差し伸べられたような読後感。
紹介書籍
人新世の「資本論」
著:斎藤幸平
出版社:集英社
発行年月:2020年9月
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