ファッション
タフに!ラフに!シェットランド!
Shetland Sweater
2022年9月18日
シティボーイのABC
photo: Taro Hirayama
styling: Satoshi Kamei
grooming: AMANO
illustration: MAGDRON
edit: Koji Toyoda
special thanks: Mariko Mikuni (The Shetland Knit Lover)
2022年10月 906号初出
冬の間は毎日セーター、時々スウェット。そんなシティボーイたちが1着は持っていなきゃいけないのが、スコットランド北部のシェットランド諸島で編まれたシェットランドセーターだ。過酷な環境の離島で進化を遂げた羊毛は、適度に柔らかく、頑丈。セーターとして編まれることで糸と糸がガッチリと絡み合い、さらにタフさが増して暖かな空気を逃さない。かのエドモンド・ヒラリー卿がエベレスト登頂の際に特注品を着ていったという話もあるくらいだから、防寒性は折り紙つきだ。さらに、上質でタフにもかかわらず値段はお手頃ときた! 美しい色合いも豊富で、特に今季はこのロイヤルブルーがステキ。正統なイギリスのニットだからといって、お行儀よく着る必要もない。タフなセーターは、スウェットくらいの気持ちでサイズもオーバーにラフに着よう。たまには胸に缶バッジを付けてみたりね。
シェットランドセーターを深く知るためのあれこれ。
超多様なカラーバリエーションのワケ。
シェットランドニットはとにかく発色が良くて、カラバリ豊富なのが特徴。でも、それは一体なぜなのか? その謎を紐解く鍵は、シェットランド諸島のフェア島にある。この小さな島で生まれたフェアアイル柄と呼ばれる編み地は、多色使いの幾何学模様が特徴。それを編むために、カラフルな毛糸が生み出されたといわれている。さらに1840年代、かなり画期的だった化学染料が導入されると、色数が増え、発色も驚くほど良くなった。
ラフでタフな糸は他にはない。
シェットランドウールの最大の特徴は、そのザラリとした毛質。冬は崖に生えた海藻で飢えを凌ぐほど過酷な環境で育つシェットランド種の羊は、独自の進化を遂げた。体格が小さくなるに比例し、繊維が細くなり、柔らかく、丈夫で弾力性のある体毛を纏うように。程よくザラついた毛質のおかげで糸同士の絡みも良く、着込むとフェルトのように変化する。だから、シェットランドウールのセーターはタフなのだ。
これが本物のシェットランドニット。
1893年、シェットランド諸島のメインランドで創業した〈ジャミーソンズ・オブ・スコットランド〉は、島内に残った数少ないニットファクトリー。羊毛の選定から紡績に染色、セーターに仕立てるまでの工程をすべて島内の荒野にポツンと佇む工場で行う。まさに正真正銘のメイド・イン・シェットランド。その素朴で丈夫な毛糸はクオリティが高く、世界中の編み物好きにもその名は知られる。やっぱり羊マークのタグに名ブランドあり。
シェットランドセーターはエベレストに登った?
エドモンド・ヒラリーって知ってる? 1953年、人類初のエベレスト登頂を成し遂げて、TIME誌が選ぶ「20世紀に最も影響を与えた100人」に選ばれるほどのレジェンドだ。そんな彼はヒマラヤ遠征時に、シェットランドセーターを愛用していた。遠征に先駆け、老舗「T.M. Adie & Sons」で軽量かつ頑丈な特注品をオーダー。それを相棒に難攻不落の雪山に挑んだのだ。つまり、シェットランドセーターもエベレストを制覇したってわけ。
フェアアイル柄の流行にウィンザー公の姿あり。
メンズファッションの始祖、ウィンザー公は、やっぱり偉大。スーツにスエードシューズの型破りな組み合わせ、スーツにおけるダブル裾の考案など、現代において当たり前とされるものは、大体彼によるものだ。フェアアイルニットもそのひとつ。1925年、それをサラリと羽織ってゴルフ場に登場すると、後日ゴルファーをはじめ、お洒落に敏感な若者がフェアアイルニットを買い求めたとか。今から100年前にこのセーターは、喉から手が出るほど欲しいスニーカーのような存在だった。
シャギードッグっていっても犬じゃない。
シェットランドニットは、大きく3つに分類される。無地とフェアアイル柄。そして、このシャギードッグ。スコットランドの国花、アザミの棘でブラッシュしたセーターのことを指すが、その名付け親は1950年代に〈Jプレス〉の2代目社長を務めたアービン・プレスらしい。毛羽立ったセーターを見るなり、ずぶ濡れ姿の愛犬の毛並みを思い出したのだろう。そのキャッチーなネーミングとともにアイビーリーガーたちの定番に。
シェットランドセーターの本当の洗い方。
ここでセーターの洗濯方法についてレクチャーしよう。まず、水を張ったシンクもしくは浴槽にウール用洗剤を適量流し込む。そこにセーターを優しく投入し、両手で押し洗い。4〜5回水を取り換えてすすいだら、洗濯ネットに入れて洗濯機で脱水。縮みきった状態で出てくるので、好みの大きさに優しく伸ばしてみよう。形を整えたら、バスタオルを敷いたベランダで平干し。春先に一回やるくらいが理想的かな。
セーターの匂いの正体は一体?
いざ、ホンモノのシェットランドセーターに袖を通すと、ダウニーみたいな甘い香りに思わずくらくらしてしまう。もちろん、僕の前に試着した人の香水が強烈だったわけじゃない。じゃ、一体何なのかといえば、あれはシェットランド諸島に流通する家庭洗剤の香り。セーター作りの最終工程で、ゴワゴワしたニットを柔らかくするために超硬水で洗浄するそうで、どうやらそのときの残り香らしい。彼の地の暮らしが垣間見られるスイートスメル。
カウチンセーターはシェットランドの兄弟!?
こんなロマンチックな話もまことしやかに伝わっている。時は1885年。シェットランド諸島の優れた編み手だったジェレミナ・コルヴィンさんが、カナダのバンクーバー島のカウチンバレーに移住。そこで地元のカウチン族の女性たちとの交流も兼ねて、フェアアイル柄と羊毛の紡ぎ方をレクチャーすると、その技術を応用し、トナカイや雪の結晶などの素朴なモチーフを編み込んだセーターを作るようになった。それがあのカウチンセーターの始まりだとか。信じるか信じないかはアナタ次第。
羊の王国、シェットランド諸島。
まぁとにかく羊の多いこと。大小100の島からなるシェットランド諸島の総人口は2.3万人と聞くけれど、噂によると羊の数はその8倍! 膨大な羊たちがそこら中で呑気に草を食べている。島内の羊は、シェットランド種。長い歴史の中で交配を繰り返した結果、体毛の色が多種多様。白や茶、グレーをはじめ、顔がブチで体は真っ黒なものもいたり。それぞれに島独特の名前が付けられるが、その数はなんと60種類以上! まさに羊王国だ。
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