ライフスタイル
マルコが徳島県神山町でクライミングジムを開くまで。/前編
2026年4月18日
photo: Koshiro Noda, Studio AKARI
text: Toshiya Muraoka
edit: Kosuke Ide
「人が集う、体を動かす」。これは2026年5月、徳島県神山町野間にオープンするボルダリング・ジム「のまのま」のタグライン。山々に囲まれ清流が走る片田舎の小さな町・神山に、全国から多彩な個性と技術を持つ人々が集まり始めている、との噂を聞いてからはや10年以上。「のまのま」のオーナーであるマルコ・ルイもどうやらそんな一人のようだ。ユニークなキャリアを持つ彼が、なぜボルダリング・ジムを始めることになったのか? その物語を知るために、神山を訪れた。
僕は「1秒を争う」金融ジャーナリストだった。
マルコ・ルイが徳島県神山町を初めて訪れたのは、アメリカに拠点を持つデザイン・コンサル企業「IDEO」の仕事のためだった。オーストラリアへとリサーチに行く予定がコロナ禍によって国内視察に変更になり、選んだ先が神山町。街の資源を鑑み、投資を行った際に雇用状況がどう変化するのか、そのソーシャル・デザインを考えるのがマルコの仕事であり、徳島空港から一時間ほどの山間地域にも関わらず、神山町はうってつけの町だった。すでにいくつかのIT企業のほか、食を通して社会変革を希求する「フード・ハブ・プロジェクト」などの先端的な仕事を担う人々が集まっていた。鮎が遡上する川が中心部を流れる里山の牧歌的な風景と、先端的なあり方との対比に惹かれ、マルコは家族を連れて再び神山を訪れる。そして、二度目の旅で偶然見つけた築70年の物件が、新しいホームとなった。
「大家さんと交渉するのに1年かかったけど、庭も部屋も自分たちの好きなようにできることになったから。雑草がすごかったけどね、ツタが家にも絡まるくらい茂ってた。母家の隣にある倉庫の高い天井を見た時に、ボルダリングジムにしたら人が集まれるなと思った。ジムを作りたいというよりも、ボルダリングという装置があったら、人と人との会話が生まれるでしょう? 自分が登った後に、まったく知らない人ともすぐに会話が始まる。そんなスポーツって他にないんじゃないかな」
マルコは、勤めていた〈IDEO〉を辞め、映像や写真の仕事を始めて神山へと移住する。友人たちの手を借りて作り上げたボルダリングジムの名前は、神山町野間という地名から「のまのま」と名付けた。二つ目の「ま」はつまり「間」で、人が訪れ、自然と交わるようにデザインされた場という意味が込められている。ボルダリングをせずとも地域の溜まり場になるように。そこにはマルコが今まで歩んできた紆余曲折が、ひとつの形として表現されている。
「でもね、ずっと赴くままに動いてきた結果なんだと思う。分岐点があったときにも深く考えずに判断して、正解なんてわからない。いつからか、選んだ道を正解にすればいいんだと思って、ここまで来たのかな」
香港生まれのマルコは、かつて金融ジャーナリストとして働いていた。名門・香港大学に入学する際に、新設されたばかりの新聞学部を選び、わずか20名の募集という狭き門を突破する。彼らは「Magic20」と呼ばれ、マルコはそのエリートの一人だった。ロバート・キャパを始めとするジャーナリストに強い感銘を受け、かつては「War Photographer」を目指していた。
「今なら戦争もあちこちで起きているから、もしかしたら違う選択になったかもしれないけれど、当時はイラク戦争も終わったばかりで、教授からは違う道を探せと言われた。そもそも香港には戦争カメラマンがいないって。新聞学と経済学、ダブルメジャーで学んでいたから、それで香港の経済新聞社で働き始めた」
2000年代は、BRIC(ブラジル・ロシア・インド・中国)、のちに南アフリカを加えてBRICSと呼ばれる新たな経済圏が注目され始めた時代。マルコは、新聞社で投資ファンドのマネージャーにインタビューする仕事を担当していた。世界最大の資産運用会社〈BlackRock〉のCEOラリー・フィンクにインタビューをし、数ヶ月後に起きたリーマンショックを予言する記事を書いたという。金融の世界に触発されて、自身も稼ごうと投資会社に転職するも、やはり記者の方が面白く、再び香港大学の教授に相談しに行くと、大学院に戻ってくるよう誘われた。そして2年後に修士を取得して就職したのが、世界最大の金融メディアである〈Bloomberg〉だった。
それは、本当に1秒を争う過酷な仕事だった。〈Bloomberg〉と比肩するメディアである〈Reuters〉との競争に勝たなければ、記者としての価値はない。大手企業の決算がオンラインで発表された瞬間に、素早く数字の羅列を見て判断し、見出しを書いていく。そして、自身が書いた見出しに反応して、瞬間的に投資市場が動いていく。世界を動かしている錯覚を得るには十分であり、同時に過酷な仕事環境だった。2年ほど香港支局で働いた後、マスター時代の同級生であり、同じく〈Bloomberg〉で働いていた日本人の彼女を追って、東京支局へと転勤する。
「アドレナリン系の仕事だよね。数字を一つでも間違えたら、ヤバい。東京に来た当時の財務大臣は麻生太郎だった。会見に出席した記者から、BlackBerryですぐに連絡が来る手筈になっていて、僕らはパソコンを開いて待機している。記者からの『円高をどう思いますか?』というよくある質問に対して、麻生が『円、高…』と言った瞬間に、僕らは円安に向けて日本銀行が介入すると予測して見出しを書き始める。でも、その後に続いたのは、『円、高くなりつつある』っていう言葉。つまり、まだしばらくは、日銀は介入しないっていう解釈になる。僕は英語で見出しを書く担当だったから、『円、高くなりつつある』って、どう訳すんだ? ヤバい! どうしよう? ってパニックになった。内閣を解散する時にも『国民の信を問う』っていう表現をする。それは選挙の合図でしょ? 言葉のフラストレーションと秒単位の競争で、自分がすり減っていく感覚があったんだよね」
そのすり減った感覚を補うようにして、マルコはトレイルランニングを始めた。精神的な疲労を癒すのは常に肉体的な疲労だった。それが2013年頃のこと。走り始めてしばらくして、ケニアのマサイ族と走るチャリティ・ランニングの大会に応募した。彼女と友人と3人で2週間強の予定を組んでケニアに渡り、旅の後半に大会に出場する予定だった。だが、標高5,000メートルを越えるマウント・ケニヤに登ってナイロビに戻ってきた後に、人生を大きく揺るがす事件に遭遇する。
プロフィール
マルコ・ルイ
1985年、香港生まれ。香港大学卒業後、金融ジャーナリストとして働く。〈Bloomberg〉東京支局に勤務中から整体について学び始め、オーストラリア、ニューヨークを経て再び日本へ。現在は、映像制作を行う〈Studio. AKARI〉を立ち上げ、主にアウトドアのフィールドで活動している。
インフォメーション
のまのま
徳島県神山町野間にて、5月3日にオープンするボルダリング・ジム。地域の人々の憩いの場を目指している。
Official Website
nomanoma.jp
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