TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#2】「ART BUSAN」への道のり
執筆:伊藤大悟
2026年7月16日
初回ではいきなり釜山から日本へ帰ったとき、つまり終えた後の心境を書いたけれど、これから順を追って気持ちに整理をつけたいと思う。私は兵庫県加西市、人口4万人弱の日本のどこにでもありそうな地方、シティとは程遠いこの町で生まれ育ち、ギャラリーという都市でしか成立しなさそうな商売を続けている。これまで自主企画の音楽イベントや展示企画など90件以上のプロジェクトを行ってきた。また中学時代の友人が同じビルでレコード屋をオープンしたことで、全国各地や世界各国から音楽好きやミュージシャンたちが集う場所になっている。
本展のきっかけは、ある日『Tobira Records』にて行われていた音楽の打ち合わせでのことだった。発送作業をしていた自分もたまたま居合わせることができたのだが、その来ていた方が、ずっと気になっていたアートフェア「EAST EAST_TOKYO」のディレクターだったのだ。ギャラリーを観てもらうと自然と出展の話になった。偶然の出会いから展示につながることがあるので、作業をしていて本当に良かったと思う。人に出会うことで運が転がりはじめる。東京で、しかもアートフェアに出ることも初めてのことなので、気合いが入ったのと、田舎で発表するよりも多くの人に観てもらうことができることが何より嬉しかった。
「EASTEAST_TOKYO」では作品が売れる経験や沢山のギャラリー関係者やアーティストに会うことができた。大好きな映画監督の豊田利晃さんやラッパーのTohjiと話せたことは大きな刺激になった。そうして無事に終了し、加西に帰えると、1通のメールが届いたのだった。韓国・釜山でアートフェアをしている主催者から、展示のお誘い。後日オンラインで話し、展示の規模や経費のことを聞き、どうするべきか悩んだが、東京に行ったことで「もっと視野や人とのつながりを広げたい」という思いが強くなり、挑戦したい気持ちが高まっていた。
とはいえ、アートフェアに出るための費用はかなり高額。なので、費用の一部をクラウドファンディングで集めることにすると、沢山の方の応援もあって支援してもらうことができた。英語や韓国語は話せないが、自分が本当に良いと思ってるものや価値がどういうふうに見られるのかを知りたくて、後のことは考えずに前に進んだ。主催者からの希望は、東京で展示した安野谷昌穂とCOOLの2名の作家の作品で出展することだった。
安野谷昌穂は、アトリエにある過去作含めてじっくり作品を眺め、これだという作品の選定を行い、COOLには加西で滞在制作をしてもらうことで大型作品の制作に着手してもらうことにした。
初めての試みで、加西で作られた作品が海を越えて展示できることが嬉しく、釜山での展示をすごいものにしようと決意していた。激しい衝動がこみあげる。未知なる世界を身体に染み込ませる準備は整った。後は無事に韓国に行き、作品が無事に届くことを願うばかりだった。
プロフィール
伊藤大悟
いとう・だいご|1986年、兵庫県生まれ。2019年12月、生まれ育った加西市にギャラリー『Void』を開店。展示の企画やキュレーションを日々行う他、2024年4月より同市の田園エリアで一棟貸しの宿泊施設『YASURAGI』を運営する。
Official Website
Void:https://voidkasai.com
YASURAGI:https://yasuragistay.com
Instagram
Void:https://www.instagram.com/void_kasai
YASURAGI:https://www.instagram.com/yasuragi_stay