TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】人生はゲームだ。しかし、ドラクエではない

執筆:金子祐輔(日記博物館・館長)

2026年6月21日

実家の近くに川場村(群馬県)というのどかな村がある。
山に囲まれ、田畑が続く静かな地域だ。

コンビニやチェーンの飲食店、パチンコといった目に刺激的なお店や看板などもなく、ドライブで通ると少しホッとするような不思議な空間が広がる。村の北部には、山奥の保養所やスキー場につながる道が幾筋も通っている。

そんな山あいの交差点に、一体の石像が佇んでいる。

幼児を抱き、うつむき加減に顔を覗き込む観音像。江戸時代初期の潜伏キリシタンが信仰の対象とした「マリア観音」だそうだ。

海なし県の奥地にキリスト教が布教されたというのは、日本史好きの私でも聞いたことがなかった。現在、村内に教会はなく、400年もの間、誰がどのように守ってきたのかよくわからない。

私はこうした、ちょっと不思議な場所を目の当たりにしたときの「発見」感が好きだ。ゲームの隠しダンジョンを見つけたような気持ちになる。

発見の喜びをお酒の席で語り、職場でも語り、妻にもしつこく話してしまう。別に私が「歴史上の発見」をした訳ではない。しかし、私の人生においては、私こそが第一発見者だ。

「こっちに何かあるかも」「何か面白いものないかな?」

無意味に町をうろついたり、旅先でちょっと人混みを離れることが、発見のコツ。こういう「無駄の多い」動きをするので、他人と一緒に旅行に行くのがとにかく苦手だ。

飲食店にしても、お土産物にしても「見つけた」という快感を楽しみたいので、レビューサイトを片手に「Googleのレビューだと、この店が美味しいらしい」とか、「Youtuberの◯◯さんによると、ここから見る夜景が最高だって」などと言われるとゲンナリする。

攻略本を片手にゲームをやって、何が楽しいのだろう。

美味い店に行けば美味いのは当たり前だし、綺麗な場所に行けば綺麗なのも当たり前じゃあないか。千鳥の漫才ネタ「開いてる店は開いてるし、閉まってる店は閉まってる」を彷彿とさせる循環論法だ。

レビューサイトを見て、効率的に楽しみたい人はもっと無駄足を踏んでみてはどうだろう。

私のいるビジネス界隈では「人生はゲーム」だと語る人が多い。そういう人は大抵、目的に向けて効率的に立ち回る、ドラクエのようなゲームを思い描いているようだ。確かに無駄なく生きているように見える。

私も「人生はゲーム」だと思っている。しかし、そのプロセスは探索と発見に満ちたゼルダの伝説や、どうぶつの森のようであってほしい。

きっと後者のほうが日記のネタも多そうだ。

インフォメーション

金子祐輔

かねこ・ゆうすけ|1988年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社を経てビジネスメディアに転じる。本業の傍ら、他人の日記を蒐集する「日記博物館」の館長として活動中。暇さえあればジュンク堂書店と囲碁サロンに行きがち。

Official Website
https://diary-museum.jp/

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