TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】山ときのこと人/山ときのこ
執筆:猪瀬真佑
2026年2月26日
「もしもし、しいたけの菌をくれるかね」
電話注文は私にとって現場の人の声を聞ける絶好のチャンスだった。色々な地域の栽培者からかかってくる電話。味のある方言。訪れる季節の違い。なかなか知り合えない地域や年齢の人たちと直接話せることは私にとって刺激となった。新しい品種のことやオススメだとか、栽培方法など、あらゆる難しい質問が飛んでくる。それでもちょっとずつ勉強して増やした知識を絞り出して返答する私。もちろんわからない事は、社長や周りの同僚に確認をして、電話をくれる人たちに回答する事でまた学びが増える日々だった。
「君、随分よくわかってるね」と、そんなことを言ってくれる人もいて、勇気付けられた。
原木椎茸の美味しさに衝撃を受けてから、勉強の日々が始まる。まずは知るところから。
会社の社長から直々に話を聞いた。原木椎茸のこれまでの歴史、生産量の推移、原木椎茸の現実、課題など、色々な苦労を乗り越えての今があること。それから、今後も継承していくために何をすべきか、そんな話を会社で聞いては家に帰ってもそれを考えずにはいられなかった。何も知らないところから、自分事に変わっていく瞬間。この感覚が新鮮だった。
「きのこ」「椎茸」「原木」「菌」「里山」。滝行のようにこれらの言葉を毎日浴び、原木椎茸に関わることを一つ一つ分解して理解していくのは面白く、気が付けば私も同じような言葉を並べて会話が成立するようになっていた。
原木椎茸栽培には、クヌギやコナラなどの原木がないと始まらない。では、その原木はどこから来るのか? 誰が伐るのか? さらにいうと、生椎茸と干椎茸でも使う原木の傾向が違う。生椎茸は主にコナラ、クヌギも一部使う。干椎茸はクヌギ。同じように見える木でも使い勝手が全く違うというのだ。
話を聞いていくと、生椎茸を栽培するには樹齢15年〜20年ほどのコナラ原木が必要で、コナラは、薪炭林として使われていたような里山に生息している。
「里山」。おそらく誰もが聞いたことがあるワード。植物を扱う造園関係の会社に勤めていたこともあり、その頃から「里山」という言葉に触れる機会は普通よりは多かったかもしれない。里山の風景はなんとなくイメージできても、それが一体どういう意味を含むのか、関わらないと見えてこない。
里山とは、「人里近くにあって、その土地に住んでいる人の暮らしと密接に結びついている山・森林」(広辞苑より)
つまり、地域ごとの暮らしに合った使われ方をしている、人の手によって管理された山のこと。天然林やスギ・ヒノキの植林とも違う植生や機能をもつ山のことをいう。主に落葉広葉樹などで構成されており、冬には木々が葉を落とし地面が覆われ、夏には下草が生い茂る明るい山として知られているのが「里山」だ。ただし、現代社会ではその里山を使う理由が無くなってきている。1950年代後半に起きたエネルギー革命はそれまで使っていた薪や炭を一切必要とせず、人々の暮らしを短期間でガラリと変えた。そんな中、その「里山」を必要とし続けたのが原木椎茸栽培だった。
しかし、生椎茸の原木栽培に必須のコナラ原木の供給が2011年の福島原発事故を境に、著しく減少して生産者が栽培を続けられない状況に追いやられているという。私の勤めていた会社では生椎茸用の種菌を専門としていたため、その影響が大きかった。
一体どういうこと? 福島がそんなに原木を供給していたということ? どうして福島なんだろう? 他の場所じゃダメな理由は? 原発事故は、原木椎茸業界にこんなにも影響を与えている? いろんなことを考え始めた。
答えは簡単で、福島の南北に広がる阿武隈(アブクマ)山地の地形にその大きな理由があった。
その前に、福島と木の繋がりの歴史について少し触れておきたい。福島県の森林は主にブナ、ナラ、スギなどで構成されている。その植生は縄文弥生の時代から続いていると言われ、古いものでは、12000年前頃のブナ類の花粉の化石も見つかっているとのこと。実際に縄文弥生時代の遺跡から出土したものに、木製の道具などがあり、道具によっても樹種が違うものが使い分けられていたそうだ。
ここで注目したいのが、阿武隈という名前の由来。嘘か本当かわからないが、アイヌ語のアムクマ「ゆったり横たわる」という言葉が語源となっているらしい。その「ゆったりと横たわる」南北におよそ170kmも広がる阿武隈山地のほとんどは福島県内に位置している。広大に連なる山地のほとんどは標高200m〜700mで、数千万年という途方もなく長い歳月をかけて侵食され続けた結果、とてもなだらかな地形になったと言われており、特に標高の低いところにはコナラなどの落葉広葉樹の薪炭林が広がっている。つまり、急峻な山が多い日本の山の特徴とは異なり、なだらかな地形の阿武隈山地では人間にとって、とても都合の良い作業のしやすい山であり、そこに原木の生椎茸栽培で必要とするコナラなどの落葉広葉樹林が広がっているということである。
ただ、勝手にこのような森林が形成されたわけではなく、原生的なブナの林から里山の二次林のように変化していったと考えられる。もちろん何世代にも渡り、利用価値の高い落葉広葉樹の森は大切に利用してきたことで管理されていたのだ。福島には木材や木炭を運搬するための林業専用の森林鉄道が国によって運用され、明治45年から昭和45年の間、全長400kmに及ぶ67路線もの鉄道が走っていた。
森林資源を大切にしていたこと、さらには歴史的にその流通システムが確立していたことも木材供給の普及を助けたに違いない。
福島の原木は、みんなが欲しがった。その理由は良質な木が採れるから。何世代にも渡って同じ切り株から何度も生えた木は、生え変わるごとに真っ直ぐで、木質成分としても原木椎茸栽培にとても適した良質な原木になるという。だから、1、2回の伐期を迎えた木とは比べものにならず、世代を超えた木の利用をしてきたからこそ成せる業なのだ。つまりそこに人が住み続け、その山を必要としてきたから受け継ぐことができた。
コナラやクヌギのような落葉広葉樹は、落葉の時期に伐採すると、翌年の春に切り株から新たな芽を出し、萌芽再生する。これが意味することは、一度伐ったら終わりではなく、植林をせずにまた同じ場所から原木を採取できるということ。けれどこれにも適切な伐期があり、それがちょうど原木椎茸栽培に最適な直径、つまり樹齢が15年〜20年ほどの若さの木が萌芽再生に適しているという。
このことから、暮らしと自然環境との繋がりの「循環」が見えてきた。その時初めて「そういうことか」と腑に落ちた。「里山」を知るということは、森を知るだけではなく、その中での営みを知る必要がある。
気になったこと、耳にしたことをひたすら調べる作業に苦はなく、いつしか私はそれに夢中になっていた。私が追い求めていた「自分のもの」という感覚が芽生えていたのを初めて実感した時、嬉しくてたまらなかった。
プロフィール
猪瀬真佑
いのせ・まゆ|1989年、東京都生まれ。山梨県にある原木椎茸の種菌メーカーへの入社をきっかけに、原木椎茸栽培にまつわる里山とのつながりに興味を抱き、日本の地形と豊かな森林資源からなる里山文化の奥深さを知る。キノコを共通点として国内外の人とつながりを広め、現在は「原木椎茸栽培を通して調べる里山や自然資源管理」を大きなテーマにアメリカのチームとドキュメンタリー映画を制作中。清澄白河にあるコーヒーかすできのこを栽培するカフェ〈KINOKO SOCIAL CLUB〉の立ち上げメンバーの一人でもある。
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