TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#4】コルカタ:帰れる場所
執筆:石濱匡雄
2026年1月3日
コルカタの中心地の道の様子。僕は運転免許持っていないので分からないが、車線とかとりあえず無視していいらしい。
イギリス統治時代に作られた狭い道幅の交差点にバス、車、トラックなどの貨物車が車線を無視して押し合いになっているところに人力車が突っ込んでくる。この一見カオスに見えるコルカタの街には、世話好きで優しい人たちが沢山いる。
コルカタで住んでいたのは楽器職人から紹介された一般的なベンガル人の家で、三食ベンガル料理の食事付き。一軒家の中の一部屋に下宿させてもらっていた。一家の家族構成はお父さん・お母さん・おばあちゃんの3人。そこに全寮制の学校へ行っていた息子と娘が年に数回帰ってくるような感じだった。片親で、兄弟もいない母子家庭で育った自分にとって、部屋の扉一枚越しに“家族が複数いる生活音”がする環境そのものが初体験で、最初はどう振る舞えばいいかわからず、正直ストレスだった。早く一人暮らしの部屋を探して引っ越そうと本気で思っていた。
けれど日が経つにつれ、実の祖母よりも面倒を見てくれるおばあちゃん、人生で初めて同じ屋根の下で暮らした“父親”というキャラ、そして「やっぱりオカンは世界共通やな…」と思わせてくれるオカン。気づけば家族の存在が心地よく感じるようになり、いつも閉めていた自分の部屋の扉も、自然と開けっぱなしになっていった。そのうち何故か家賃も要らなくなり、今ではコルカタに帰ると“長男”として扱われるような、ほとんど養子のような関係にまでなっている。幼い頃に欲しかった物って何だろう?父親?兄弟?地元の大阪では見つけられなかったそれを、自分はコルカタで見つけたのかもしれない。
30代後半で母を亡くし、「これからは一人で気楽に生きていけばいい」と思う一方で、同時に「ただいま」と言って帰れる場所を失ってしまったような寂しさも感じた。そんなとき、コルカタの家の存在は本当にありがたかった。自分にはまだ帰れる場所があると実感させてくれた。
今の時代、航空券さえ取ればどこにでも行くことができる。仕事柄、アメリカでも香港でも世界中の色々な都市に行くことはあるけれど、行ける場所の選択肢は沢山持てても、帰れる場所は限られた人生のうちで何ヶ所持てるだろうか?
日本から遠く離れたカオスな街コルカタで自分は、音楽、色鮮やかなテキスタイル、通訳の仕事ができるほどのベンガル語、家族、カレーの作り方を学んだ。
プロフィール
石濱匡雄
いしはま・ただお|15歳でインドの弦楽器シタールを始め、1997年に渡印。モノジ・シャンカール氏に師事する。近年は香港やアメリカなど、国内外で精力的に演奏活動を展開。NY・コルカタ・大阪の三都市で録音されたアルバム『Tattva』をリリースしたほか、初のエッセイ集『インド音楽とカレーで過ごす日々』(LCCインセクツ)も出版された。
Instagram
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