TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#2】フィレンツェの風景の石
執筆:山田英春
2025年9月17日
ルネサンス時代、ヨーロッパで大きな話題になり、王侯貴族などによって蒐集された石があります。宝石ではありません。石灰岩の板です。「フィレンツェの石」と呼ばれたそれらの石はイタリアでは「ピエトラ・パエジナ」(風景の石)と呼ばれました。フィレンツェを含むトスカーナ地方で採れる、石の模様が風景画のように見える石です。
山々が連なる、あるいは木立の並ぶ景色のように見える模様石というのは世界のあちこちにあります。ただ、このパエジナの模様には岩山があり、建物のような形があり、海があり、地面には木が生え、空には雲さえ浮かんでいます。他に似たものがありません。
なぜ石の中に風景に酷似した模様があるのか、さまざまな説が提唱されました。天地創造の下絵のようなものなのでは、あるいは周囲の景色が特殊な気体の力で石の中に転写されたのではないか、自然がもっている「造形する力」がまるで戯れのように場違いな所に働いてしまったのでは、などです。
この時代、世界のさまざまな珍しい動植物などの標本を展示する「驚異の部屋(ヴンダー・カンマー)」が富裕層の間で流行りました。現在の博物館の元になったものです。パエジナはこの部屋に展示するにふさわしい、自然の謎を秘めた神秘の石として求められたのです。
近代に入って、この石の模様が風景に似ているのは単なる偶然だとわかってからは、学術的な探究の対象にはならなくなりました。ただ、風景によく似た独特な模様は、見る者の想像力を刺激し、人の心をとらえ続けています。
フィレンツェ近郊ではもうひとつ、驚くような模様の石があります。アルノー川周辺で採れる「アルノーの緑」です。交差する直線によって仕切られた面の濃淡、色の変化が見せる構成美はまるでパウル・クレーの絵のようです。おかしな言いかたですが、何者かが意図して作った作品に見えてしまいます。
こうしたユニークな模様のフィレンツェ近郊の石は2011年のヴェネチアの美術展に、自然が作った芸術として展示されました。
プロフィール
山田英春
やまだ・ひではる|書籍の装丁を専門にするデザイナー。石の模様の美しさ、面白さに魅かれ、メノウやジャスパーなどの石の蒐集を続けている。
本業の傍ら、世界各地の古代遺跡・先史時代の壁画の撮影をしている。
著書・編書に『巨石──イギリス・アイルランドの古代を歩く』(早川書房、2006年)、『不思議で美しい石の図鑑』(創元社、2012年)、『石の卵──たくさんのふしぎ傑作選』(福音館書店、2014年)、『インサイド・ザ・ストーン』(創元社、2015年)、『奇妙で美しい石の世界』(ちくま新書、2017年)、『ストーンヘンジ』(筑摩選書、2023年)、『増補愛蔵版 美しいアンティーク鉱物画の本』(創元社、2023年)などがある。
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