カルチャー

イーサン・ホークとオールドファッションな『ブラック・フォン』。

2022年7月8日

interview: Momoko Ikeda

ブラックフォン
Mason Thames as Finney Shaw in The Black Phone, directed by Scott Derrickson.

 7月1日に公開された『ブラック・フォン』はもう観た? ポスターと実際の作品のギャップに驚いた人も少なくないはず。1970年代のコロラド州デンバーという、片田舎を舞台に起きる連続児童失踪事件。次々と地元の友人たちを失っていく13歳の主人公フィニーも、ついには犯人の魔の手にかかってしまう。地下室に幽閉された彼は、時には断線した黒電話の力を借りながら、あの手この手でサイコキラーに立ち向かって脱出を図る……というジュブナイルアドベンチャーなのだ。そんなノスタルジックでエモい、夏にこそ観たくなるようなホラー映画の中で、ひときわ異彩を放つのが、劇中の最重要人物でもあるサイコキラー、グラバー演じるイーサン・ホークだ。
 終始マスク姿で、恐怖の存在を演じた憧れのイーサンに、この役にかけた思い、そして影響された映画について話を聞くことができた。インタビュー時、目の前にいたのは、グラバーとは全く異なる、気のいいNYの紳士だった。以下に、インタビューの様子をお届け。

ブラックフォン
Ethan Hawke as The Grabber in The Black Phone, directed by Scott Derrickson.

ーーマスクをしての演技、どうでしたか?

興味深かった。今までやったことないやり方だったからね。マスクをしながら演技をしていると、若い頃にギリシャ演劇のクラスで演技の勉強をしていた時のことを思い出したね。ボディランゲージと声だけで、どれだけの演技ができるのか、ということをね。解放されたような混乱したような、両方の感情を覚えた。マスクは9種類あって、口がないものとか、スマイルになっているものとか。顔の表情を様々に変えて伝える。かくれんぼしているような感覚だったね(笑)。驚くほど今までと違う。マスクが自分をいかに変えていくということに驚いたね。エンジョイしてたんだよ、観る人にとってはわかりづらかっただろうけどね(笑)。「自分たちを犠牲者とは見ず、自発的に動いて自分たちの身を自分たち自身で守る」っていう『ブラック・フォン』のストーリーラインが好きなんだよね。残念ながら何よりも僕が彼らの障害物になってるんだけどさ(笑)。サイコキラー役としてのリファレンスは、特定の映画があるわけじゃないし、僕自身、もちろんいろんな映画を観てきているからね。でも、人生や夢から影響を受けることのほうが多いし、何かの真似になっていないといいなとも思う。本作はホラーという意味では、古いタイプの殺人鬼が子供を誘拐して、地下に閉じ込めるっていうみんなの脳裏に焼き付いた古典的な恐怖を描いている。そんな殺人鬼を演じる上で、ギリシャ演劇のパワーには影響された。顔が見えないことによるパーソナリティの欠如のおかげで秘められたパワーを与えられた気持ちになったんだ。

ブラックフォン
マスク越しにも狂気が伝わってくる。モゴモゴとした声にさらなる恐怖が……。

ーーサイコキラーを演じる上で参考にした映画は?

今回『ブラック・フォン』でグラバーを演じる上で、基本となるような映画としては、『シャイニング』のジャック・ニコルソンを考えざるを得なかった。サイコキラーのオリジナルとして、僕の脳裏に焼き付いているんだ。スコット・デリクソン監督は恐怖のストーリーをどう構成するかについて、とても神経質なんだよな。怖いだけでなく、1つの物語としてどう作り上げるか。むちゃくちゃ怖いけど、馬鹿げてて笑えもする、そういうのは他と違うよね。プレイヤーとしてやる上で、とてもやりやすかった。

シャイニング
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シャイニング
シャイニング
監督:スタンリー・キューブリック/1980年/146分
 コロラド州の雪山のホテルで管理人を務める男とその家族に、怪奇現象が起きるサイコホラー。キューブリック監督の唯一のホラー映画で、原作はスティーブン・キング。主演のジャック・ニコルソンの狂気と汗にまみれた顔で有名。Blu-ray¥2,619 (NBC ユニバーサル・エンターテイメント)

ーー映画のすごいところってズバリ?

ストーリーの伝え方は常に変わってきているよね。若い頃、シドニー・ルメット監督83歳の最後の作品『その土曜日、7時58分』に参加することができて、彼は僕とフィリップ・シーモア・ホフマンに、彼が生きた50年間でシネマは変わったと言っていたな。(彼が生きた時代としては、)テレビ生放送から始まって、『十二人の怒れる男』で長編デビュー、『狼たちの午後』と続いて、僕が出演した最後の映画はデジタル・ビデオだった。映画そのものの公開の仕方も常に変わっていて、いまはストリーミングがメインだしね。さらに、映画の画面サイズまで変わっている。シリーズものがあったりさ。90〜150分で1サイズだったのにね。『ブラック・フォン』はオールドファッションな映画ってのがいいよな。起承転結があって、テーマもしっかりある。良い90分の映画を作るってすごく難しい。15エピソード続く素晴らしいシリーズもいいけど、『ゴッドファーザー』や『市民ケーン』のような、1作でいい映画を作るのは難しい。シームレスでどのショットも完璧で演技も素晴らしい映画を作るのはシンプリシティを楽しんだね。キャンバスが大きくなればなるほどより難しくもなる。だから、僕はこのシンプルさを楽しんだ。金曜の夜に怖い映画が観たいなって気分の時に、この感動するホラー映画を提供するよ。シンプルだけど達成感のある仕事だったよ。

ブラックフォン
マスクは9種類あり、フルフェイスから、口元がオープンになったものまで。

プロフィール

イーサン・ホーク

1970年、テキサス州生まれ。俳優、作家、監督。’90年代に青春映画の『リアリティ・バイツ』や『恋人までの距離』などで人気俳優として不動の地位を築く。2001年『チェルシーホテル』で監督デビューし、『ビフォア・サンセット』では脚本も手掛ける。『ストレンジャー・シングス』に出演中のマヤ・ホークは彼の娘。

作品情報

ブラック・フォン

監督:スコット・デリクソン/2022/102分
配給:東宝東和

コロラド州デンバーで子供たちの連続誘拐殺人事件が起こり、巻き込まれた主人公がイーサン・ホーク演じる誘拐犯からの脱出を試みるサイコホラー。「フライデーナイトに怖い映画でも観ようかなって気分のときにぴったりなホラー映画だよ」(イーサン)。全国公開中。