カルチャー
エドガー・ライト監督にインタビュー。
『ラストナイト・イン・ソーホー』公開記念!
2021年12月10日
エドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』が本日12月10日から公開される。主人公はファッションデザイナーを夢見るエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)だ。デザイン学校に入学すべく田舎からロンドンへ上京した彼女は、60年代のロンドンをこよなく愛するため、同じ寮のクラスメイトとは話が合わず、ソーホーの古いアパートで1人暮らしを始める。するとどうだろう。夜眠りにつくと、60年代ロンドンにタイムスリップしてしまった上、歌手を目指すサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に入れ替わってしてしまうではないか。最初こそ夜な夜なスウィンギン・ロンドン・ライフを楽しんでいたエロイーズだったが、サンディが悪い男に騙されてしまったからさぁ大変。エロイーズは憧れの60年代のロンドンのショービス界に巣食っていた暗部を目の当たりにする。これまでコメディの印象が強かったエドガー監督にとって本作は新境地と言っていい。なんせシリアスなサイコサスペンスなんだから。というわけで、監督にインタビューを決行した。
ーーまず『ラストナイト・イン・ソーホー』というタイトルについて聞かせてください。Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tichの同名曲からの引用かと思いますが、このタイトルが採用された背景にはクエンティン・タランティーノ監督が深く関与しているという興味深い情報を聞きました。本当ですか?
実はそうなんだ。その話をすると長くなるけど本当に聞くかい?
ーーぜひ!
この映画のプロジェクトは10年くらい温めていたものなんだけど、長らく正式なタイトルがなくて、最初はただ“ソーホー・プロジェクト”と呼んでいたんだよ。その後、“Red Light Area”や“The Night Has a Thousand Eyes”って案も浮上したんだけど、どっちも同じようなタイトルの映画が既にあるとわかって、どうしようかなぁと悩んでいたとき、かつてクエンティンと話していたあることを思い出したんだ。2008年くらいだったかな、彼と『デス・プルーフ』で流れるDave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tichの“Hold Tight”って音楽について語り合っていたら、「エドガー、この曲は知っているか?」って聴かせてくれたのが“Last Night in Soho”で、クエンティンはこう付け加えたんだ。「これは未だ存在しない映画の最高のタイトルだよ」って。
——いい話! それで採用したと。
うん。ただ、そろそろ正式にタイトルを決めなきゃいけないってとき、クエンティンは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で忙しくて、相談できなかったんだ。しばらくして彼に「怒ってる?」って聞いたら、「いやいや、このタイトルで映画を作れるのはエドガーだけだよ」って言ってくれたけど。だけど、「でも」ってクエンティンは言うんだよ。聞けば、“Last Night in Soho”というタイトルに最初に目をつけたのは、彼の友人であるアリソン・アンダース監督だって言うんだ。だから、アリソンにも「実はあのタイトルを使わせてもらいました」って連絡したら、「それはとっても素敵な話!」と喜んでくれただけじゃなく、“Last Night in Soho”の60年代の7インチシングル盤をプレゼントしてくれたんだ。というわけで、この映画ではクエンティンとアリソンへの謝辞があるってわけ。な、長い話だったろ?(笑)。
——いやいや、いい話すぎてここで話を終わりたいくらいです! ……が、そうもいかないので質問を続けます。あなたの過去作では、特に『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』や『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』に顕著ですが、過去に執着し続けることの愚かさがコミカルに描かれていました。本作は60年代のロンドンに恋い焦がれすぎた主人公エロイーズが大変な目に遭うという物語なので、通じるところがあるなと思いつつ、以前の作品と比べると描かれ方がとてもシリアスです。何か心境の変化があったのですか?
心境の変化みたいなものは特にないと思うけど、たしかに、本作では過去にロマンティックな思いを抱きすぎて、その裏にあった悪いことから目を逸らすことの危険性を描いているよね。その意味で、僕の過去作ともリンクする部分はあるかもしれない。実際、『ワールズ・エンド』の主人公である中年男ゲイリー・キングも、楽しかった若き日々を再現しようと、かつての仲間を集めてパブクロールを決行するけどどうもうまくいかないし、『ホット・ファズ』の悪役は、自分たちの暮らすサンドフォードという田舎町から新しいものを排除し、平和だったかつての姿を取り戻そうと躍起になるからね。ちなみに、サンフォードの連中は“Make sandford great again”みたいなスローガンを掲げていたのを覚えているかい? その後にトランプが“Make America Great Again”と言っていたけど、僕たちの方が早かったということは言っておきたい(笑)。それはともかく、こうしたテーマにこだわるのは、僕が過去を無視できないからなんだろうな。まぁ、今回は脚本を書く前にソーホーについてかなりリサーチをしていて、僕が大好きなこの街にもやっぱりダークな側面があったんだよ。ショービジネスに関しては特にね。そういうことを反映したから、シリアスになったのかもね。
——なるほど。本作の最大の魅力は、そうした興味深い物語と、使用される60年代の楽曲の圧倒的なシンクロっぷりにあると思います。これは監督の作品すべてについて言えるのですが。最近、個人的に音楽の使い方が「これ、どうなの?」って思う作品も少なくないんですが、監督が音楽を使う上で気をつけていることはありますか?
やっぱり「シーンに正しくハマるか?」ってことなんじゃないかな。今回の音楽は、エロイーズを60年代へといざなうタイムマシンのような機能を果たしている。だから、ペトゥラ・クラーク、ダスティ・スプリングフィールド、サンディ・ショウといった、同時代の女性シンガーたちに曲にフォーカスしたんだ。あと、脚本を書いていると、ときどき「もう、このシーンにはこの楽曲しかないだろ!」って思うときもあるんだ。本作で言えば、冒頭近くのサンディたちのダンスシーンで流れる、The Graham Bond Organizationの“Wade in the Water”がまさにそれ。
——あのダンスシーンはサンディの来るべき未来に対する胸の高鳴りを表現していて一気に持っていかれました! 興味深いのは、その後、男に騙されて娼婦のようなことを強要されるサンディのダンスが一転してとても陰鬱に見えることです。セリフはなくてもダンスだけでここまで幅広い感情を表現できるのかと驚きました。
ありがとう。ホステスダンサーとして客の男と踊らされるサンディのダンスは、その状況から自分を隔離するためにめちゃくちゃに踊っていて、彼女なりの“抵抗のダンス”に見えればいいと思って演出したんだ。今回はジェニファー・ホワイトというコレオグラファー(振付師)と仕事をしたんだけど、実はダンスのシーンだけじゃなく、ホラーのシーンにもコレオグラフィーの要素があって、それは演出していてすごく楽しかったよ。
——ここまで巧みに音楽とダンスを映画に取り入れられるエドガー監督なら、そろそろミュージカルを撮るんじゃないかと睨んでいるんですけど……。
特にミュージカル映画のプロジェクトはないよ(笑)。ただ、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』も『ベイビー・ドライバー』も、それから本作も、たしかにミュージカルの要素があるとは思っているから、自分にぴったりの題材と出会えたらチャレンジしてみるのも悪くないかもね。
——ところで、怖いシーンが盛りだくさんの本作において、唯一ホッとできるのがエロイーズと同級生ジョンの恋愛シーンです。特に、2人がまだ仲良くなる前、間違ってエロイーズの缶コーラを飲んでしまったジョンが、次に会ったときに彼女に“SORRY”と書いた缶コーラを渡すシーンにはぐっときました。イギリス人はあんなお洒落なことを普通にやるんですか?
いやいや、イギリス人がみんなあんなカッコいいことをさらっとできるかというと、そうではないと思うよ(笑)。
——じゃあ、監督の実体験だったり?
僕はまぁまぁロマンティックな方ではあると思うけど、同じことはしてないかな。でも、もしそういうことをしようと思ったときは、相手の気持ちまで考えなきゃダメだよ!
——僕はあのシーンを今度真似しようと思っていたので肝に銘じます! ちなみに、エドガー監督は、他の監督が作ったロマンティックなシーンを真似したことはあったりするんですか?
いい質問だ! だけど、今は早朝だから、残念ながら思い出せない(笑)。『セイ・エニシング』を真似して、彼女の家の前で大きなラジカセを掲げて音楽をかけたよ、とかって言えたらいいんだけど(笑)。
作品情報
ラストナイト・イン・ソーホー
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