カルチャー
怖いからこそ見抜いてしまう、ホラーの核心。/小島秀夫
2021年8月25日
怖がりで、悪魔や怨霊が出てくる映画がずっと観られなかったんです。殺人鬼は殴れば倒せるけど、幽霊には姿形がない。それが怖かった。『エクソシスト』も、小学校5年の公開当時は無理でした。うちの兄貴はこともあろうか原作を買って来て。その本が本棚に入ってると思うだけで、怖くて部屋に入れなかったです。中学か高校になって月曜ロードショーで放送されたとき、覚悟を決めて観たんです。いやあ怖かった! 何が怖いってリンダ・ブレアの顔! よくあんな造形にするなあという表情でね。
でも顔が180 度グルッと回るなんていうのは全然怖くないんですよ。結局“悪魔”という得体のしれないものが苦手なので、パズズの像は怖かった。大人になってからトラウマを越えようと思ってBlu-rayを買ったんですけど、像が発掘されるあたりでやめました。テレビで観て以来、一度も通して観ていません。
あと、ふいに遭遇する怖さもありますよね。『顔のない眼』は、昼間にたまたまつけたテレビで観たホラー。僕が小学生の頃はまだ番組が足りていなくて、昼も夜中も毎日のようにイタリアやスペインの映画を流していたんです。顔の皮膚を手術でベロンと剥がすシーンなんて、こんなもの観ていいんだろうかってものすごく怖かった。普通、映画館に行くときって監督名も内容もなんとなくわかってるじゃないですか。情報がないまま知らない恐怖を観てしまう。その偶発的な出合い方こそホラーだと思うんです。
そして『ゾンビ』は僕の青春です。高校になっても怖がりで、ホラーは積極的に観ていませんでした。そんなとき、テレビで最新映画の特集番組を観てたら、SWATの隊員がショッピングモールでゾンビと戦ってるシーンが紹介されていて。僕のなかのゾンビは、洋館でロウソクを持った女の子が逃げ惑うゴシックホラーな存在だったのに、“モールでSWATですよ? 当時からロサンゼルス警察の装備品なんかが大好きだったから、これならいける! とすぐ劇場に行きました。そうしたら面白い! 日本修正版は謎の小惑星が爆発するし、襲われる場面で一時停止しちゃうんですけど、それも含めて最高で。ラストのヘリポートの緊張が走るシーンでは、気持ちの機微や絶望が繊細に描かれていて、過去のゾンビものと全然違った。それからゾンビ作品が平気になりました。
会社員時代、神戸のオフィスに勤めていた頃はよくビデオで映画を観ていました。関西には東京で上映されているような単館系の映画は来ないから、ビデオしかなくて。会社から家に帰るまでの間にレンタルビデオショップが5〜6件あったので、毎日必ず1本借りて。“コジマビデオ”と呼ばれてた頃ですね(笑)。そのとき観たのが『赤い影』。(編集部が用意した資料の場面写真を見ながら)あっ、この写真は載せたらあかん! 怖い! もうね、ラストで絶叫しました。全く予想がつかなかった。赤い服着てる何かが来たなあ、なんやろうなあ、こっち見た……うわああああ!! って。マニア受けする作品だし、みんな好きなんですよね。エドガー・ライトの新作『ラストナイト・イン・ソーホー』もこの作品をオマージュしてるらしいですし。でも僕くらい驚いた人はいないと思います。
同じくらい絶叫した最高に怖い映画は『女優霊』。画面のどこかに必ずいるという、その恐怖。これは多くを語らず、観てもらうしかないですね。主役が柳憂怜さんというのも味があって怖いです。柳さんがうわ―! って叫んだ瞬間に、僕も同じ顔してうわー! って悲鳴上げてました(笑)。
人を怖がらせるより、笑わせたり勇気づけたりするほうがずっと難しいと思います。ちょっと急所を押して方程式を使えば、恐怖は演出できてしまうので。そういう表層の恐怖は簡単に作れるけれど、本当に怖いものって、ホラーというジャンル以外にも存在していると僕は思っていて。例えば知っているはずの人が別人みたいな態度を取ってきたら怖いじゃないですか。理解が及ばない未知の状況に対峙することって怖いんですよ。以前作った『P.T.』というホラーゲームは、架空のスタジオを用意して、誰が作ったかわからないよう突然配信しました。ユーザーにはきっと“未知なるもの”への恐怖があったはず。僕は元来怖がりなので、怖さの核がわかる。だからこそ、ホラー作品が作れるんじゃないかなと思いますね。
プロフィール
小島秀夫
Official Website
http://www.kojimaproductions.jp/
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