TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】ルーツ

執筆:稲川淳二

2024年8月23日

頼まれた事があって、

知人の事務所へ行く途中、

渋谷の宮益坂を歩いていると、

不意に、

「稲川さん!」

と呼び止められて。

「?」

声のしたあたりを見ると、

往き交う人の間から、

懐かしい笑顔がこっちを見てる。

この人は原田さんといって、

私と同い年くらいで、

以前は、TV局のディレクターで、

親しくしていたんです。

が、何かの事情で、

業界から足を洗って、

海外へ行った、というのは聞いていたんですが、

以来、会っていなかったんですよね。

で、

「しばらくだねぇ・・・・。元気ぃ・・・?」

「お互い年取ったねぇ・・・、

ああKさん亡くなったんだって?」

「Yちゃんも、半年ぐらい前に亡くなったよ」

「えっ、Yちゃんが? 

Yちゃん、僕らより若いよねぇ・・・」

と立ち話をしていて、

「そうだぁ・・・、

稲川さんに聞かせたい話があるんだ。

時間ある?」

と言うんで、

まあ別に急ぐ用でもなかったんで、

「いいよ、じゃ、そこの店に入ろうか」

という事になったんですがね。

で、原田さんが、話し始めた。

「僕はニューヨークに行って、

かれこれ10年ぐらいになるんだけど。

むこうで親しくなった仲間のひとりに、

日系のジャーナリストで、

門脇っていう40近い男がいてね、

彼は父親ってのが日系人で、

報道カメラマンだったそうだけど、

10年くらい前に亡くなってるんだ。

母親はベトナム人でね、

彼が、まだ幼い頃、

1970代のベトナムの戦渦の中で、

爆撃をうけて亡くなってね、

死体は、見付からなかったそうですよ。

で、父親が男手ひとつで、

育て上げたというわけなんで。

彼はベトナム語は殆ど話せないんですよ。

ただ見た目で、

親しい友達なんかは、

彼をグエンとベトナム風のニックネームで、

呼んだりするんだけどね。

それが最近の事なんだけど、

この門脇君から、

ある話を打明けられたんですよ。

それというのは、

彼は幼い頃から、

同じ夢を何度も何度も見てるんだそうで、

それはいつも決って、眠っていると、

ボソボソと男の人の声が聞えてきて、

そのうち女の人の話し声もして、

言ってる事はわからないけれど、

何だかとっても悲しそうで、

それがだんだんと、

大きくはっきりと聞こえて来る。

そのうち、息が苦しくなって、

(ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ)

という、自分の荒い息遣いで、

ふっと目が覚めると、

暗い部屋の闇の中に、

誰かが来てるんだそうだ。

で、もう怖くてね、

しっかり目をつむってじっとしていると、

そのうちまた眠ってしまうんだってさ。

でもね、大きくなるにつれて、

だんだん見る事も少なくなって、

いつのまにか見なくなってね。

そうして、そんな事があったという事さえ、

すっかり忘れていたそうだけど、

それが、父親が亡くなってから、

4年ほど経って、

珍しく例の夢を見たっていうんだ。

それは以前と全く同じで、

寝ていると、

ボソボソボソボソとした声が聞えてきて、

だんだんと大きく、はっきりしてくると。

そして、

それが男と女の苦しそうな声でね、

自分に何か話し掛けているようなんだけど、

ベトナム語のようでわからないんだってさ。

そのうちに、息が苦しくなってきて、

(ハァ・・・ハァ・・・、

ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・)

と、荒い息遣いをしているうちに、

目が覚めてね、

体中がジットリと汗ばんでるんだって、

酸欠を起してたらしいんだ。

で、その時ね、

(そうだ、この夢を見て目が覚めると、

必ず部屋に誰か来てたよなァ・・・)

って思い出して、

暗い部屋の中をそっと見回してゆくと、

壁際に立っている人影が、

闇の中でボンヤリと見えた。

(いた!)

それもふたり。

どうやら生きてる人間じゃないらしい。

(もしや、自分に取り憑いている怨霊じゃないだろうか?)

って思ったら、

とたんに血の気が引いて、

背筋の辺りがゾクゾクと冷えるのを感じてね。

どうにも怖くなってきた。

(どうしよう、子供の頃みたいに、

このままジッと目をつむっていて眠ってしまおうか・・・、

それとも此の際、正体を確かめてやろうか・・・?

この機会を逃したら、

今度はいつになるかわからないし・・・、

これが最後だとしたら、

二度と正体を知る事は出来なくなってしまう・・・。

よーし、やっぱり確かめてやろう!)

覚悟をきめて、そーっと手を伸ばすと、

ベッドの傍の電気スタンドの、

スイッチのひもを引いた。

カチッと音がして明かりがつくと、

とたんに、

(う――――っ・・・・・)

咽の奥で、

声にならない悲鳴を上げたそうだ。

何と、明かりが照らすそこには、

頭のてっぺんから、ぐっしょりと、

真っ赤な血に染まった、

アジア人の若い男と女が立っていたんで、

そのまま、意識を失ったそうだよ。

どうやら、子供の頃から、

たびたび寝ている、

自分のところにやって来ていたのは、

この血まみれの、

若い男と女だったらしいんだ。

もちろん、この世の者じゃない。

でも、こんな幽霊がどうして、

自分のところへ来るのか、

訳がわからなくて、

気になっていたんだそうですがね。

それが最近になって、

父親の遺品の整理をしていた時の事に、

報道カメラマンだから、

写真がかなりあって、

とても1枚ずつなんて見てられないんで、

ざっと見ては片付けていると、

その中に気になる写真を、

1枚見付けたっていうんだ。

それは、頭を撃ち抜かれて、

崩れた農家の壁によりかかるようにして、

倒れて死んでいる、ベトナム人夫婦の写真で、

目にしたとたん、

心臓をえぐられるような、

激しいを感じたそうだ。

何とその死体の夫婦は、

自分の部屋で見た、

あのふたりだった、

っていうんだ。

頭から、ぐっしょりと鮮血に染まっていて、

その顔も、衣類も、

全く同じだったそうでね。

そのふたりから流れ出た血が、

足元で血溜りをつくっていて、

その血溜りの中で、

6~7ヵ月ぐらいの、

血にまみれた裸の赤ん坊が、

両手を広げて泣いているんだけど、

よく見ると、

赤ん坊の左手の中指の付け根に、

ホクロがあるのを見付けたんだよ。

で、彼がね。

『原田さん、僕の左手にも、

全く同じところに、

ホクロがあるんですよ』

って、左手を広げて見せたんだけど、

確かに、中指の付け根にホクロがあるんだ。

言われるまで、気付かなかったけどね。

それに、写真の赤ん坊と手相も似てるっていうんだ。

『手相って、赤ん坊の時から変らないですよね』

って。

で、彼がね、

『父が亡くなる時に、

私に“すまなかったなぁ・・・・”

と言ったのを思い出したんです。

その時は、男手ひとつで、

ろくろく面倒もみてやれずにすまなかったなぁ、

と言ったのか、苦労をかけて、すまなかったなぁ、

って言ったのか、わからなかったんですよ。

でも、今になってみると、それがとっても気になるんです。

あれはどういう意味だったんでしょうね・・・』

って聞かれたんだけどねぇ・・・・。

稲川さん、

これ、どういう意味かわかる・・・?」

って聞かれたんですがね、

私はあえて答えなかったんですよ。

終わり

プロフィール

稲川淳二

いながわ・じゅんじ|怪談家・工業デザイナー。32周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2024 稲川淳二の怪談ナイト~怪談喜寿~』が開催中。稲川淳二の『稲川芸術祭2024』作品募集中。

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