ライフスタイル

【#1】何人いる?

執筆: 稲川淳二

2023年8月9日

text: Jyunji Inagawa
edit: Yukako Kazuno

廃墟になっているラブホテルに、幽霊が本当に出るといううわさを聞いて、仮にA君、B君、C君としましょうか。

三人の高校生が、興味本位の好奇心から、面白半分でやってきました。

そこは町中から少し離れた、雑木林の中にある建物で、

夜の闇にとけ込むようにして、雑木林を背景に、2階建ての横に長い建物の輪郭が、見えた。

この建物の、2階の一番奥の部屋で、首つりの死体が発見されて、その部屋に幽霊が出るというんですね。

A君が持って来た、懐中電灯の明かりを頼りに、三人が建物に近付いて行くと、玄関口の、ドアが開いたままになっていた。

懐中電灯の明かりを中に向けると、そこは、ロビーで、

壁際に、型の古い清涼飲料水の、自動販売機が置いてある。

あちこち錆び付いていて、壊れているのがひと目でわかった。

床には、たくさんの空き缶が、転がっている。

肝試しに来た連中が、持ってきた缶に違いない。

A君が

「おい、今おれ、思いついたんだけどさあ、ここでひとりずつ、恐い話をしてさ、

この空き缶を持って、2階の一番奥の部屋へ行って、置いてくるというのはどうだ」

と言った。

と、B君もC君も、

「面白いなァ」

「やってみようぜ」

という話になった。

言い出したのはA君ですから、A君が、まず最初に恐い話をしたわけだ。

「じゃあ、おれ、この缶だぞ」

と空き缶をひとつ、つかんで見せた。

そして、もう片方の手に、懐中電灯を握ると、ロビーの奥の階段を上がって行った。

ギーギーギーギー

階段がきしむ音がする。

2階へ着くと、真っ暗。

本当の真の闇。

辺りは、シーンとしている。

明かりを向けると、暗い通路が奥へのびている。

トントントントン

自分の靴音が、闇の中へ吸い込まれていく。

「うっ!」

A君が立ち止った。

自分の靴音に重なって、同じ歩調で足音がついて来ている。

息を殺すと、後ろにだれかがいる気配がする。

(いる……だれかいる)

ジワッと冷たい汗がふき出して、背筋をつたって流れ落ちてゆく。

恐怖心をおさえて、ゆっくりと後ろを振り向いて見ると、そこは、黒一色の闇だったんですよ。

そのとき初めて、自分が真っ暗な闇の中で、たったひとりなんだと気がついた。

懐中電灯の明かりは、前方を照らしているんで、気がつかないんですよね。

前のほうは明るいから。

でも自分の後ろは真っ暗なんですよねぇ。

通路を進んでいくと、幾つかの部屋の前を通る。

どの部屋もみんなドアが開いたままか、壊されてなくなっているかして、真っ暗な室内がのぞいている。

そこになにかが潜んでいて、今にも、ワッと飛び出て来るんじゃないかと思えて恐いんです。

そうするうちに、懐中電灯の明かりの中に、一番奥の部屋のドアが照らし出された。

ドアには、吹きつけの黒いラッカーで

「この部屋はやめろ」

と、書いてあった。

考えてみたら、ほかの部屋は、みんな入り口が開いているのに、このドアだけは閉まっている。

ノブをつかんで回すと、ゆっくりと手前に引いた。

ギイィィー—

かすれた音を立てて、開いてゆく。

懐中電灯の明かりを室内に向けると、床一面、ほこりに覆われていて、

その片隅に、汚れたマットレスが、ひとつ、無造作に置いてあるのが見えた。

一歩、二歩、三歩、A君が入って行くと

「うわっ!」

ヒヤッと、冷たい物が首のあたりに当たったんで、声を上げた。

明かりを向けて見ると、天井の一部が剥がれ落ちて、そこからぶらーんと、電気のコードが垂れ下がっていて、

そのコードの先が、まるで首つりの輪のように、丸く結んである。

危なくそれに首を引っかけるところだったんで、ハッとした。

首をつって、ぶら下がっている死体が、ふーっと、脳裏を横切った。

(そうだ——、この部屋で人が首つって死んでたんだ)

と思い出して、途端に、逃げ出したくなった。

でも、逃げるのも恐い。

向こうにドアが見えるから。

近付いて行って、開けると、そこは浴室だった。

明かりを中に向けて、奥の方から照らしてゆくと、浴槽があって、タイルの壁があって、チカッと光が反射した。

懐中電灯の明かりが、洗面台の鏡に反射したんですが、明かりが反射した瞬間、鏡の中から見ている顔があったような気がした。

(——ッ⁉︎)

何かいそうな気がするんです。

洗面台の下にカウンターがあるんで、そこへ空き缶を置いて、部屋を飛び出すと、暗い通路を戻った。

階段をギー、ギー、ギー、ギー、ギー、と音を立てながら、下りてくると、

暗いロビーの片隅で、B君とC君のふたりが、床に腰を下ろして、壁にもたれて、A君の帰りを待っていた。

「おい、行って来たぞ。一番奥の部屋のな、浴室の洗面台のカウンターに置いてきたよ」

と言うと、

B君が、

「わかった、じゃ、今度はおれだな」

と言って、

恐い話をした。

で、空き缶をひとつ拾って、

「おれは、これだからな」

とふたりに見せると、懐中電灯を持って、ロビーの奥の階段に、消えていった。

B君が暗い通路を通って、奥の部屋にやってきて、ドアを開けると、

ほこりを被った床に、A君のものと思われる靴跡があって、その先に浴室のドアが見えたんで、

入って行って、そのドアを開けて、中に明かりを向けた。

(あれ?)

洗面台のカウンターに、空き缶がふたつ並んで置いてある。

(あいつ、ひとつって言わなかったかな? ふたつ置いたのか)

と思って、自分はその横へ、持ってきた空き缶をひとつ置いて、すぐに部屋を飛び出した。

そしてまた、暗い通路を通って、階段をギー、ギー、ギー、ギーと下りてくると、A君とC君が暗いロビーで待っていた。

B君は、

「置いてきたよ」

と言って、A君に

「おまえ、空き缶ふたつ置いてきたのか?」

と聞くと、A君が

「え?」

と、不思議そうな顔をした。

「空き缶ふたつあったぞ」

と言うと、

「おれは、ひとつしか置いてきてないよ」

と答えた。

「おかしいな、おれが行ったら、カウンターの上に空き缶がふたつ置いてあったから、おれ、その横へ置いてきたよ」

と言った。

するとA君が、

「あっ、おまえ、おれを驚かそうと思って、話をつくってるだろう?」

と言ったんで、B君が、

「いや、本当にふたつあったよ」

と言い返した。

A君とB君がやりあってると、C君が、

「おい、やめろよ」

とふたりを制した。

彼にしてみればね、これから自分が行く訳ですから、そんな気味の悪い話は聞きたくない。

そして、今度はC君が恐い話をして、

「じゃあ、おれは、これだからな」

と、空き缶を持って、また奥の階段に消えていった。

C君が、一番奥の部屋へ行って、ドアを開けて中へ入る。

そして、浴室のドアを開けて、明かりを向けると、洗面台のカウンターに、空き缶が4つ置いてあった。

「あれ⁉︎ 4つある」

B君の話では、ふたつ置いてあったところへ、自分の空き缶をひとつ置いてきたと言ってたから、空き缶は3つのはずなのに——、

(そうじゃなかったんだなあ)

と思って、

4つ置いてある空き缶の横に、自分の空き缶をひとつ置いて部屋を出ると、

また暗い通路を通って、階段をおりてきて、ふたりのところへ戻ってきた。

「おい、空き缶4つあったぞ」

と言った。

B君は、

「そんなはずはないよ、おれはふたつあるところに1個置いたんだから、3つだ」

と言った。

C君は、

「いや、今、行ったら4つあったから、その横におれの空き缶を置いてきたよ」

と言った。

すると、聞いていたA君が、

「じゃあ、今、空き缶は5つあるわけだな」

「ああ、そうだと思うよ」

とC君が言うと

「だよな、じゃあ、見に行ってみようか?」

と言った。

三人が、階段を上がって、2階の暗い通路をずうっと行って、奥の部屋のドアを開けて中へ入った。

そして、浴室のドアを開けて、明かりを洗面台のカウンターへ向けると、みんな、

「ううっ!」

と、声を上げた。

なんと空き缶が、6つあるんですよ。

C君、びっくりして。

「おれはひとつしか置かなかったぞ!」

と言った。

本当に、ひとつしか置かなかったわけだから、本気で驚いたわけだ。

A君は一番最初に置いてきたので、そのへんのところはわからないから、

もしかするとB君とC君が仕組んだいたずらじゃないだろうか、とも思った。

B君としては、A君C君が自分をからかって嘘をついているのかも知れない、と思った。

A君が、

「なあ、だれか隠れてるんじゃないのか、で、おれらをからかってるんじゃないのか?」

と言って。

楽しそうな顔でふたりを見ると、

「空き缶は、ひとりが、ひとつずつ持ってくるわけだろ? ということは、ひとりが、ひとつということは、向こうも三人いるってことになるよなあ」

とふざけて言ったら、C君がまじめに

「ああ、そういうことになるよな」

と答えると、

「ちょっと待ってくれよ」

と言って、A君が部屋を飛び出して行った。

そして、しばらくすると空き缶をいっぱい両手に抱えて、持ってきて、床にパラパラとばらまいて、

「あんたたち、いったい何人いるか知らないけど、人数分だけ、このカウンターの上に並べてみてくれる?」

と言って、B君、C君を促して部屋を出た。

1階のロビーへ戻って、で、じーっと様子をうかがったんですが、人の気配もなければ音もしない。

しばらくして

「行ってみようか」

とA君が言ったので、

「じゃあ、行ってみようか」

と三人でまた2階へ上がった。

一番奥の部屋へ行って、ドアを開けて、明かりを向けると、別にさっきと変わった様子はない。

(ああ、さっきと変わらないなあ)

そう思いながら、浴室のドアを開けて、懐中電灯の明かりを、洗面台の、カウンターの上に向けた瞬間、

「ああぁぁぁあーー!」

三人が声を上げた。

なんとカウンターの上には、びっしりと空き缶が並んでいた。

A君が、

「おい、これ、どういうことだ?」

と言うと、

C君が、

「なあ、今、この建物の中にいるの、おれたちだけだよな」

と言ったんです。

いったい、そのとき、そこには何人いたんでしょうね。

プロフィール

稲川淳二

いながわ・じゅんじ | 談家・工業デザイナー。31周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2023 稲川淳二の怪談ナイト』開催中。稲川淳二の『稲川芸術祭2023』作品募集中。

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