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【#1】 撮影事故

2021年4月12日

これはちょっと、悲惨な話なんです。

テレビドラマの、撮影現場での話しなんですがね。

テレビのドラマっていうのは、制作がテレビ局で放映するのはもちろん、テレビ局なわけですが、

撮影所の関係で監督も、カメラマンも照明さんも音声さんも、映画畑の人達で撮ってるというのが、ほとんどなんですよね。

まあ、そんな中でですがね、これはその関係者の間では、結構知られた話なんですよ。

といっても、限られた人達の間での話なんですが—–。

ある、連続ドラマがあったんです。

私も、よく知ってるんですけど。

このドラマっていうのは、アクションシーンが結構、「売り」だったんですよね。

で、やっぱり製作日数、追われてますからねえ。

大変なんですよ。

時間に、限度があるじゃないですか、連続ドラマですからね。

その撮影現場っていうのが、今はそこ、ただの広い、平地になっちゃってます。

一部が駐車場で、車がぎっしり並んでるんですが、

当時は、大きな資材置き場だったんですよー。

資材といってもねえ、鉱石だとか、要するに鉄の粉みたいな、

ああいったものが山になってた、そういう場所だったんですね。

高さが、そうだなあ、二十メートルぐらい、あったんじゃなかったかなあ—。

天井まで。

飛行機の格納庫みたいな、大きな屋根が、ずっと連なってるんですよ。

もう長いこと、放置されたままですから、鉄骨はすっかりさびてるし、壁や天井のスレートは、穴が開いてるし。

天井のところどころには、ほこりを被った明かりとりのガラスがはまっていて、

大型のベルトコンベヤーが、あっちこっちに、そのままゴローンと転がってる。

元々、この中は、ダンプカーやショベルローダーが、動き回っていたんですから、

車は走れるし、火は使えるし、間違ってどこかにぶつかっても、

もうすでに壊れかけてるんで、問題はない。

そんなことから、撮影には、向く場所なんですよ。

外の音は聞こえてこないし、相当な高さもあるし。

雨が降っても、屋根があるから、穴が明いてりゃあ濡れますけど、そうじゃなければ濡れることもないし。

そこそこ明かりも取れるので、特にアクションシーンに使われてたんです、その場所。

で、そこで、ロケをしてたんですが—–。

監督が、

「真俯瞰を撮りたい」

と、言ったんですよ。

真俯瞰ということは、上から真下を撮るわけです。

結構迫力あるじゃないですか、地面まで二十メートルぐらいあるんだから。

その時にね、助監督のサードがいて。

助監督っていうのはセカンド、サードってあって、サードっていうと、下っ端になっちゃう。

その助監督のサードに、監督が

「ちょっと屋根に上がって見てこい、それで足場のいいところでカメラを固定するから、場所を見つけてこい」

と、言ったんだ。

撮影現場って、興奮しますからね。

「ハイ!」

ってんで、サードの彼、

上がってったわけだ。

途中まで上がれる段がある。

そこから上というのは、鉄骨を組んであるので、

それをよじ登る形で、上がっていく。

彼が上がって、場所を決めたらば足場をつくって、カメラを上げるという話だった。

時間がないですから、その間も、撮影は続いてる。

彼は、上がって行った。

その下には、セットの一部が置いてある。

彼、どんどんどんどん、上がっていってそこから、ついに屋根の中央へ向かっていった。

屋根にあいた穴ぼこから、チラチラとサードの彼が、動いてゆくのが見える。

下でだれかが、

「おう、あぶねえから気をつけろよ」

と、声をかける。

「はあい」

と、彼が答える。

「無理しないでいいからな」

って、

「行けるところまでで、いいからな」

って。

「はあい」

って、答えるんですよ。

そうして、だんだん、だんだん、天辺の、一番高いところへ向かって行ったわけですよ。

真俯瞰ですから—–。

これを撮りたいって、監督が言えば、そうしなくちゃいけないわけですから。

ずうっ—-と、来たんだ。

ちょうど、とがったような天辺ですよ。

そこのところ、ずうっ—-と来た。

メキッメキッと、音がしている。

南風にさらされ、海からの潮風を受けてますから、屋根は、だいぶもろくなってる。

みんなが

「あぶねえな」

って、言いながら見上げてた。

鉄骨は、ほとんど腐ってますからね。

そして、あとわずか、というところまで来た時、突然

バリーン!

という轟音がして、黒いかたまりが落っこちてきた。

そして、置いてあったセットの一部に、激突した。

グシャーン!

と鈍い音がして、ブォーッと、真っ赤なものが飛びちった。

バラバラと、スレートの破片が降ってくる。

「うわーっ!」

と、誰かの悲鳴があがった。

—–落ちてきた黒いかたまりは、サードの彼だった。

一瞬の、出来事だった—-。

顔面と肩がえぐれて、黒ずんだ血液がどくどく流れ出て、彼の上半身を赤く染めていった。

手のほどこしようが、なかった—–。

撮影は中断され、彼は救急車で運ばれていった。

緊急の手術を受けたんですが、三日目に死んじゃったんですよ—-。

これが、不思議なんですがねえ—–。

本当はね、業務上の過失じゃないですか。

監督が彼に、命令したわけだから。

ところが—-。

「事故」

と、して片づけられちゃった。

そして、ドラマの方は遅れてますから、

引き続き同じ場所でもって、撮影が始まるわけですよ。

そして—–、真俯瞰からのカットが、一番後になったんですがね—。

このシーンは、ドラマの主人公の友人が、

血まみれになって、そこで死ぬっていうシーンなんです—-。

最後に、血だらけになって——–。

息を引き取る、シーンなんですよ–。

それだから、真上から真俯瞰で撮りたいと、言ったわけですよね、監督は。

嫌なんだな、役者の方も—。

だって、それ、「その場所」ですから。

撮影現場が、事故現場になっちゃったわけですからねえ。

まして、亡くなってたのは、仲間なわけですから。

しかし、もう時間がない。

「その場所」でやるしかない。

で、始まる前にみんなで、

「じゃあ、黙祷しよう」

と。黙祷して、始まった。

ところがこの日、不思議なんだけど—-。

監督が、助監督を呼ぶ時に、名前を間違えるんです—。

監督、気がついてないんですよ。

それは、死んだサードの、彼の名前なんです。

何度も、間違えて呼ぶんだ。

自分についている、助監督の名前を、間違えたりするはずがないのに。

みんな、

「嫌だなあ—」

と、思った。

気になったけど、言えなかったんですよ。

監督は、全く気がつかない。

まるで、サードの彼がいる—– かのように—–。

名前を、何度も呼ぶわけですよ。

でも、みんな、何にも言わなかった。

何となく、監督にいいづらかったから、黙ってたんです。

そうこうするうち、いよいよ主人公の友人が、血にまみれて死ぬシーン、

服にべっとり血のりを塗って、口から血を流して、地べたに横たわる。

もう屋根の上に上がって、真俯瞰で撮るってことは、さすがにできませんから、

クレーン持ってきて上から撮る。

「じゃあ、本番いくよ!」

主人公の友人役の俳優さんが、そこに横になった。

「はい! 本番! 用意! はーい!」

カチーン!

カチンコが鳴った。

俳優さんが

「う、うーっ」

と、うめいて、クレーンのカメラが、グーンと上がってゆく。

友人役の俳優さんが目をむいて、ひん死の形相でこと切れる—–。

と、その瞬間、

「うっわーーっ」

と、ものすごい声をあげた。

人間、亡くなる前の、断末魔の声っていうのがありますよね。

叫びのような。

でも、この場合は、ドラマのストーリー上、

静かにカクッ—-と、息を引きとるはずだったから、それが

「うっわーーっ」

って、いうんで、回りのスタッフたちは、驚いた。

すげえ、演技するなあ、と思ったんだ。

と、同時に、事故のことが頭にあるから、あんまりいい気持ちしなかった。

ところが、死ぬはずの俳優さん、

「うっわーーっ」

と、わめき続けながら、ブルブルと震えてるんで、まわりの人達も、

「何かおかしいぞ」

と、思いはじめた。

で、

「カーットォ!」

がかかった。

「おーい、どうしたんだ?」

監督が、俳優さんに声をかけると—-。

「倒れて、上を見たら、あの破れた、屋根の穴から、

助監督のサードの血まみれの顔が、のぞいてた」

って、言った。

「そんなことはないだろう!」

って言って、

ふっ、と監督が見たらば、

——-カメラマンが手を合わせてる、それも震えながら—–。

「どうした?」

って、聞いたらば、

カメラを一瞬フーッ、と上げて振り下ろそうとした瞬間に、

屋根の開いた穴から、のぞいている助監督の顔が見えた、って言う—-。

助監督のサード。

映画をつくることが、夢だったその若者が、その夢をかなえられずに死んだわけで。

でも、自分が携わったその「最後の作品」だけは、

きっと最後まで、つき合いたかったんじゃないのかなあ—と。

みんなそう思って。

思うと、みんな泣けてきてねえ—–。

合掌してましたよ、その場で—–。

泣きながらねえ。

あるんですね、こういうの。

今はもう、そこは全部、建物壊されましてね、ただ平地になってますよ。

東京ですよ、場所は。

はっきり言ってしまうと、問題になるから言えないんですけど。

—–深夜、このシーンを編集していた編集マンが、

例の俯瞰のカットで、サードの声を聞いたと、同僚に打ち明けたそうです。

それは

「アー—–」

という、悲しげな声だった、と言うことですよ。

終わり

プロフィール

稲川淳二

いながわ・じゅんじ|1947年、東京都生まれ。タレント・工業デザイナー・怪談家。桑沢デザイン研究所を経て、工業デザイナーとして活動。1996年通商産業省(現・経済産業省)選定グッドデザイン賞を「車どめ」で受賞。その一方で、タレントとして、ワイドショー・バラエティー・ドラマと多くのメディアに出演。また、近年の怪談、ホラーブームの火付け役の1人として自他共に認める“怪談家”でもあり、若者からお年寄りまで広いファン層を持つ“稲川淳二の怪談ナイト”の全国ツアーは今年、29年目を迎えライフワークとなっている。思うところがあり、55歳を区切りに、19年前からテレビ出演は夏だけとして、バリアフリー関連の講演、ボランティア活動、デザイン、心霊探訪に時間をさいている。

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