ライフスタイル
【#2】旧伯爵家の別邸
2021年4月19日
text: Jyunji Inagawa
私、ふだん、いろんな場所を探しに行ったりするんですね。
自分では、何ですか、心霊探訪だとか言って、まあ楽しんでもいるんですが。
できれば話としてお話しできるような、そういう場所へ行こうと思ってね。
あれこれこう探して行くんですけども。
ぜんぜん私と違う業界の友人なんかにも、
「もしそういう話があったら聞かせてね」
とか、
「もしそういう場所があったら、撮れたら写真もちょうだいね」
って言ってるんですよ。まあ、これからお話するのも、そういう形でいただいたもんなんですが—-。
これはまったく芸能界には関係ない私の友人なんですけど。
私がそういう場所があったら教えてねって言っておいた。
その友人のひとりなんですが。
彼がね、たまたま仕事で行った先、関東地方ということにしといてください。
海沿いの町なんですけど。
そこでちょっと面白い話聞いたんですね、
「心霊スポットがあるよ」
って。
「ああ、じゃあ帰りにそこへ寄って、その情報でも、稲川に教えてあげよう」
と。
その場所というのが、県道があるんですが、その県道をずっと行くと、急な上りになる。
その上りの手前に、右手に入る道があって、
それをずっと行くと、旧伯爵家の別邸といわれた大きな西洋館がある。
それが目印だって聞いたわけです。
「ああ、そんなのがあるんだ、怖そうだな—-」
と。絵にもなるしなあ—–と思って。
仕事が終わったので帰りに
「じゃあその辺、ちょっと行ってみてやろうか」
と思って、下見ですよね、してくれたわけです。
仕事が終わった後ですから、もうそんなに早い時間じゃない。
だいぶ暗くなってきちゃった。
車で走ってるうちに、これは待てよ—–と思った。というのは—-。
回りにあまり家がない—。
で、県道の一方は海が続いてる。
このまま行ったりすると、これ、飯屋がないかもしれない。
下手すりゃ晩飯食えないなあ」
と、思った。
「じゃあ途中のどこかで、飯屋があったらそこで食事をしてから、行ってみるか」
と。
で、通りがかった食堂へ入ったわけだ。
食堂で簡単に食事をして、帰りがけにそこのご主人に、これこれ、こういうような屋敷があって—-と聞いてみると、
「ああ、そこはこう行って、もうそう遠くはないですよ」
って道を教えてくれた。
「ああ、ありがとうございます」
礼を言ってお釣と領収書もらって、店を出た。
車を走らせてゆくと—–。
—–やがて県道がグーッ、と急な上りになった。
「ああ、これだな」
と思った。
たしかに、右手に入る道がある。
うん、これに間違いないなと思ったのでサーッ、とその道に入ってった。
入ってしばらく行くと、—–とがった大きな屋根が見えてきた。
道の向かって右手は海に面していて、あまり人家もない。左側は山がちなんですよね。
で、なるほど、これなんだなと思ったんで、
「あ、じゃあ携帯電話のカメラでもって撮れるもんなら撮って、後で稲川に見せてあげよう」
と、そう思った。
で携帯電話をポケットから取り出そうとして、
「あらっ?—–ない」
携帯がないと言うんですよ—-。
こいつは弱っちゃったなあ。
俺、どこかに落としてきたかなと。
「あっ、そうだ—-。今のあの食堂でもって、もしかすると落としたかもしれないなあ」
と思って—-。
何気なく辺りに目をやると、
すぐそこに公衆電話があった。
よかった。
自分は店の領収書もらってますから電話番号がわかるんで。
車から下りて、その公衆電話のボックスに入って電話をかけると、
お店の主人が出たので、
「ああ、すみませんねえ。今しがた、お宅で食事したものなんですが。帰りに西洋館の場所を聞いた—–」
と言うと、
「あ、ハイハイ。で何か?」
と言うんで、
「実は携帯電話をお店に落としてきたかもしれない。ちょっと、見てもらえませんかね」
頼むと、
「はい、わかりました。少々お待ち下さい」
と返事をするや、テーブルの回りなど探してくれたようなんだけど、
「お客さん、もしかすると何かの隙間へでも落っこちてるんじゃないかな」
「だったら、自分の携帯にかけてみてくれませんかね。そうしたらその音を頼りにこっち、探しますから」
言うんで、
「はい、そうしてみます」
って言って、
いったん切ってから、自分の携帯にかけた。
呼び出し音がしてるんで、ああ、つながってるなと思ったら、
「はいはい」
と、店の主人が出たんで、
「あ、どうもすいません! ありましたね!」
と言うと、
「ええ、ありましたよ」
と主人が答えた。
「じゃあ帰りに、すいません、寄らせてください」
と言うと、
「はいはい、で、今どちら方面です?」
「今ですねえ、さっき話を聞いた例の西洋館のところへ来てるんですよ。
心霊スポット撮ろうと思って。そうしたら、携帯がないのに気がついて」
「ああ、そうでしたか。で、じゃあ西洋館のあたりに?」
って聞かれて、
「そうですね。そうそう、前のほうにトンネルが見えてますね」
って言いながら目をやると、あれ?
ちょうどトンネルから人が出てくるのが見えた。
だいぶ暗くなってるのに、
明かりを持ってない。
かすかな薄明かりで、それが女だってことはわかる。
あんなところから、なんだろうな。
どうしたんだろう?
女がひとりトンネルから出てくるなんて珍しいこともあるもんだな。
と見てて、
「ええ、それで今、そこにトンネルがあって」
って話していたら、向こうで
「えっ? それ、トンネルって、それじゃあトンネルの近くの公衆電話ですか?」
「ええ、そこでかけてますよ」
するとご主人が、
「お客さん、それ、まずいや—–。あのねえ、お客さんねえ、心霊スポットっていうのはその電話ボックスなんですよ」
と言うんで、
「ええっーっ!」
これには驚いて、一瞬、言葉を失った。
「そこなんですよ、心霊スポットって!トンネルの中で車にひき殺された女が、その電話ボックスへ来て、電話をするって—–、もう何人も見てるんですよ」
ちょっと待てよと—–。
今、確かにトンネルから女がひとりで出てくるのを見てる—-。
ウソだろうと思ってひょいっ、とまわりを見たら—–、
「うわーっ!」
自分の左肩の辺り—–!
公衆電話ボックスの、ガラスに!血に染まった女の顔がべたんと張りついて、こっちをじーっとにらんでた—–!
受話器持ったまんま腰が抜けちゃった—-。
その後は何を見たのか聞いたのか、自分でもわからない。
我に返ると、心配した店の主人が助けに来てくれたそうですよ。
終わり
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稲川淳二
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