カルチャー
2023年の「写真?」を振り返る
文・村上由鶴
2023年12月30日
text: Yuzu Murakami
2023年は、画像生成AIが個人のお遊び的な利用から、産業での活用へと広がりを見せた1年でした。
パルコの広告や飲料のテレビCMなどでも使用され、ますます一般的になった画像生成技術。年の瀬には画像生成AI「Midjourney」のバージョン6もリリース。2022年にリリースされた「Midjourney」は、一見しただけでは写真とは見分けがつかない画像をすでに無数に作り出してきたわけですが、2024年はこれまで以上に、画像生成AIがより一層活用されていくでしょう。
そんな今年を象徴するのは、「Sony World Photography Awards 2023」で最優秀賞を受賞したボリス・エルダグセン(Boris Eldagsen)が、結果発表後に自らの作品が生成AIによるものであることを暴露し、受賞を辞退したという一件。
ボリス・エルダグセン自身は、画像生成AIで作られたイメージは「写真ではない」という立場であり、生成画像は写真コンペティションで賞を争うべきではないと考えていました。彼は、AI登場後の「写真」というジャンルの混乱について、沈黙したままである(あるいはそのように見える)、議論をしないままでいる「写真界」に一石を投じようと試みたのです。
実際、最近では、作品のすべてをAIに任せるというより、制作プロセスのどこかの段階で「手伝ってもらう」「誘導してもらう」というような方法をとるクリエイター(アーティスト、写真家、ミュージシャン、デザイナーなどを含む)たちは増えています。
ただし、そうしたクリエイターたちの多くは、現状、「完全にAIに任せているわけではない」と言えるような余地をあえて残すような制作方法をとっています。特に写真の場合は、「問題にならない範囲の利用」に留めることによって、結局のところ、根本的な「画像生成AIと写真は違うのか」という、写真の存在論の問題にはタッチしないという感じ。もちろんそれぞれのアーティストには自分なりのコンセプトやテーマがあるわけですから、わざわざこの話題に触れる必要もないわけですが、ボリス・エルダグセンが「写真界は見て見ぬふりをしている」と指摘するのもわからないではありません(例にもれずわたしもその一員です)。
他方で、以前の記事「アクスタ写真論」で触れたように、一般のひとびと(というか推し文化?)は、より実体験に即したものとして写真を必要としています。
例えばコンサートなどでは、「この1曲だけ撮影可」とあらかじめ決められていて、そのタイミングになれば会場の誰もがスマホやカメラを取り出して撮影をします。美術館における「撮影可能ゾーン」では、撮影しておかないと、という気持ちになってなんやかんやで撮影してしまうし、クリスマス・シーズンには、商業施設の巨大なクリスマス・ツリーの前に撮影のための行列ができました。
つまり、「生成された画像」と「撮影された写真」の見分けがつかない現代であっても、撮影するという経験の重要性、その場、その瞬間に居合わせたということを示す、昔ながらの写真のあり方は、いまだに有効性を保っています。
さて、画像生成AIと写真の境界が曖昧になりつつあるなかで、実体験に即した写真に熱を上げるなか、今年、都内各所で開催されていた「ウェス・アンダーソンすぎる風景展」はちょっと不気味なねじれを感じさせました。
本展は、《Accidentally Wes Anderson(AWA)》というインスタグラムのアカウントやハッシュタグで投稿された写真を集めたもの(インスタ・コミュニティと言うらしい)。
言ってしまえば、ウェス・アンダーソンの二次創作写真展です。
会場のしつらえ、展示されている写真の仕上げ、クオリティ、そしてどえらい物量、なにもかもがハイレベル。ポップでキュートでちょっとシュールで眼福、眼福。見応えありまくりで、展覧会に行ってる自分も映える仕掛けもあるし、普段写真展を見ないような方を受け入れる懐の広い展覧会でした。グッズもかわいかったです。
では、その展覧会のなにが不気味だったのか?というと、一般の人々(およびセミプロ)が、以下の3つの条件に則って、っていうか、むしろ乗っ取られて、写真を撮らされているようにも見えたこと。
この展覧会では「ウェス・アンダーソンすぎる風景」を「シンメトリー+ポップなパステルカラー+はっきりとした模様」という条件で整理し、これをクリアした写真を一堂に会しています(ここから外れる写真も何点かはありました)。
もちろんこの展覧会を意義深いものとしているのは、世界中の人々が、あくまで実際に現地に足を運んで撮影したという強固な「写真的」前提ですが、実際にそこにあるのは「ハイレベルに映えるための最もハズレのない被写体とその撮り方展」とも言えるような写真の数々。「誰が撮ったか」はほとんど問われない眼福のイメージだけで満たされた空間はSNSを具現化したかのようでした。
そして、生身の人間が撮っているはずなのに、こんなにそっくりの写真が並んでいると、確かに写真はAIに代替できるものになって当然、という気もしてしまいました。
いわば、「場所さえあれば撮影者の個性はいらない(ウェス・アンダーソン的に撮りさえすればいい)」。だとするとその場所を見つけられる「撮影者」だけが写真を撮っているということにもなるのかしら…と、なにか、写真の未来(っていうか、今の現実?)を見たような気もしたのです。
とはいえわたしは、写真が今以上に「古い」メディアになることで「用途」から解放され、写真の可能性が広がることにも期待しています(写真の登場によって絵画が「用途」を無くしたみたいに)。そのときに現れるであろう革命的な表現をこそ、結構楽しみにしています。そのときはいつ到来するのかな。
2024年も「写真」が楽しみです。ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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