ライフスタイル

僕が住む町の話。Vol.15/文・松居大悟

大崎一番大悟

2022年12月8日

cover design: Eiko Sasaki
text & photo: Daigo Matsui

 目はまん丸で、全身は緑がかっていて、謎のベレー帽。表情から感情が読み取れず、どんなコンセプトなのかもわからない。ゆるいわけでもかっこいいわけでもなく、どこか他のキャラクターの色々な特徴をミックスしただけのような乱雑な既視感。だがそのオリジナリティの感じなさがオリジナリティなのかもしれない。近寄りがたく、無個性で、安心する。

 大崎駅西口のマスコットキャラクター”大崎一番太郎”の特徴を挙げていくと、それはそのまま大崎に繋がるのかもしれない。

 大崎を通ることはあるのに、降りたことがない人は少なくないだろう。君のイメージは、山手線の最終地点、なんとなくオフィス街、ってところだろうか。

「どうして大崎に住んでるの?」

「あそこに住む場所なんてあるの?」

 耳がぶっ壊れるぐらい聞かれた質問だ。その答えは、僕も知りたい。だから僕は「なんで住んでいるのかわからないから僕も知りたいんだ」と答えて、その後小さく付け加える。「ただ住む場所はね…、意外とある」と。

 大崎に6年過ごしていた。尚、ここからは、大崎を称える気持ちを逆噴射しながら書く。言葉尻だけ捕まえると、まるで悪口みたいに聞こえるかもしれないが、愛するが故の言葉だ。誤解のないように、言葉の向こう側をぜひ感じ取ってほしい。大崎を理解するには、そんな想像力も必要なのだ。

 住んでいたのは21才から27才までだった。理由は大学が田町だったから、なんとなく山手線沿線だと帰りやすそうだと思ったからだ。結局ほとんど田町には行かなかったが、住みながら6年も過ごしてしまったのは、何より、この町に住む誰もが、大崎に対して期待してなかったからだ。

 祭りもなければ、町ぐるみの集まりもない。ぎりぎり『大崎一番太郎』という存在が町を繋ぎ止めているだけで、街の戯れとか馴れ合いといったようなものはほぼ皆無だ。

 大崎には誰も期待していない。

 誰も期待していない町。

 そこが好きだった。「なんでここに住んでるの?」という街には、「なんでここに住んでるんだろう」と首を傾げる人たち、もしくはそんなことを疑ったこともない人たちが住んでいる。そんな自己評価の低い街が、福岡という「俺たちがナンバーワンだ」という自己評価の高い街で落ち着かなかった自分にとっては、なんだかバランスが取れるものだった。

 ただ、僕が住む西口側と、東口は違う。大崎駅東口はショッピングモールや集合マンションなどが立ち並ぶ楽しい集合住宅の形を成していて楽しそうで、大崎一番太郎の息のかかる大崎西口は、本当に何もなかった。小さい道と小さなコンビニと会社だけ。大崎一番太郎の無表情がそれを物語っている。(僕には太郎の表情が、ときどき泣いているように見えた)

 今ではシンクパークができてオフィス街の様相を呈しているが、当時はシンクパークもなくて、ただただ、人気つけ麺屋『六厘舎』があるだけの町だった。オフィス街なので、平日の朝と夜はそれなりに人が行き交うものの、平日の昼や夜中には誰もおらず、土日なんてほぼゴーストタウンだ。大きなビルが並ぶだけで、そこに行き交う人はいない。辛うじてコンビニにはベトナム人の店員が暇すぎて眠っていて、クシャミしたら静かすぎて夜の闇に溶けていく音まで見えていた。

「大崎も湘南新宿ライン通るんだ。生意気」

 電車で隣に座っていたカップルの男が呟いた一言は、なぜか僕に突き刺さった。男は本当に生意気だと感じたのか、彼女に権威を誇示するために言ったのかわからないけど、大崎在住の僕はどうしていいかわからず、ただただもう少し大崎に住もうと思った。こうして僕は大崎に縛り付けられた。

 27才のとき大崎から離れたのは、これ以上大崎に甘えると、大崎が僕を離してくれないのでは、と思ったからだ。それで僕は渋谷に引っ越した。そして今、引っ越し先に悩んでいる。どんな町に住めばいいだろう。そんな時、いつでも大崎一番太郎はコンコースの隅から無表情に、僕を見つめている。いくよ、いつか帰るって、いつかまた大崎に帰るつもりだって。ただ、今は再開発で盛り上がっていることに、少し引いているんだ。大崎は、再開発なんてしなくていいんだ。「この町、山手線沿線なのに何もないよな」を貫いていってほしい。

 誰も期待していない街であり続けることに、僕はずっと期待しているのだから。

プロフィール

松居大悟

まつい・だいご|1985年、福岡県生まれ。映画監督、劇団ゴジゲン主宰。2012年、『アフロ田中』で長編映画初監督。『私たちのハァハァ』(15)、『アズミ・ハルコは行方不明』(16)、『バイプレイヤーズ』シリーズ(17-21)、『くれなずめ』(21)など。2022年に公開された『ちょっと思い出しただけ』は東京国際映画祭にて観客賞とスペシャルメンション、ファンタジア国際映画祭で批評家協会賞受賞。最新監督作の日活ロマンポルノ50周年映画『手』は12月9日より池袋シネマ・ロサにて凱旋上映。

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