ライフスタイル
僕が住む町の話。Vol.2/文・板倉俊之
真のシロガネーゼ
2021年8月7日
cover design: Eiko Sasaki
「板倉、どこ住んでるの?」
「白金です」
「え、すげえ、シロガネーゼじゃん」
訊かれた住所について答えると、みな決まってそんな反応をした。
しかし、僕が住んでいたのはいわゆるプラチナ通りがある高級住宅街ではなく、昔ながらの商店が建ち並ぶ下町らしいエリアだった。そのため「シロガネーゼ」と言われるたびに、どこか罪悪感に似た感覚をおぼえるのだった。
そこは一人暮らしをするのにはとても適していて、マンションを出てすぐのところにクリーニング屋さんがあり、飲食店も豊富にあった。実家のように落ち着く雰囲気の洋食屋さん、飾らない味のラーメン店、ランチセットがお得な喫茶店——自炊などしなくても、町は僕の健康状態を保ってくれた。
僕の部屋は四階にあり、間取りは1LDKだった。全面フローリングだが、リビングには、業者に頼んで白いカーペットを敷いてもらった。どこでもごろごろできたほうが広く使えそうだからだ。じっさい、ソファーの前に置いたローテーブルで食事をとるときや、友人が遊びに来たときなど、床に座れるというのは便利だった。大正解だったと、僕は自分の選択に満足していた。フローリングのまま住むなんて損をしている。そういう人たちは、自分の家の快適性について、きちんと考えていないのではないかとさえ思った。このカーペットが、数年後に重大な事件を引き起こすことになるなどとは知らずに。
生活をしていく上で、人は掃除を余儀なくされる。僕の場合、フローリングのままだった寝室はクイックルワイパーで、絨毯敷きのリビングは掃除機できれいにした。この掃除という面に関しても、僕はカーペットの恩恵を受けることとなった。こげ茶色の床である寝室はほこりが目立ち、白いカーペットが敷き詰められたリビングは汚れている感じがしないのである。これはつまり、リビングは掃除をしなくてもよいということを意味した。ああ、リビングを絨毯敷きにしてよかった、と得をした気分で、僕はその部屋で生活をしていた。
そこに住んで七年ほど経ったときだった。事前に家のほこりを採取し、それを提出した上で、僕は健康番組の収録に臨んだ。そこで僕は、衝撃的な事実を突きつけられることとなった。専門家いわく、僕の部屋には、日本に生息していないはずのカビがいるのだという。さらに僕の身体には、その抗体ができているらしい。
馬鹿な。そんなことがあるはずがない。きっとテレビだから、僕が芸人だから、面白おかしくするためにでっち上げたに違いない!
僕は帰宅し、じつに七年ぶりにカーペットをめくってみた。
嘘だろ……。
こげ茶色をしているはずの床が、白く変色しているのである。いや、よく見てみると、白い粉のような粒が、床の表面にひしめいているのだ。
僕はなかばパニック状態で、カーペットのへりをつまんでいた手を放し、白い粉を視界から消した。部屋は普段通りの見慣れた姿に戻った。
しかし、このまま放置するわけにはいかない。僕は同期の芸人「竹ちゃん」に電話をかけ、て事情を説明し、カーペットを取り払うのを手伝ってほしいと頼んだ。そうするにはすべての家具を移動させなければならず、一人では到底不可能な作業だったからだ。
竹ちゃんはすぐに駆けつけてくれ、二人で本格的なマスクをつけ、カーペットの撤去に取りかかった。ソファー、ローテーブル、棚、テレビ台——それらを移動させ、一時間ほどで隠されていた床の全貌が露わになった。
家具が置かれていた場所を残して、一面が白い粉で埋め尽くされているのだった。まるでナウシカに出てくる腐海の森だった。あとで調べてみたところによると、これらは室内で出たチリやダニの死骸なのだという。この模様は映像に収めたのだが、まだどこにも出していない。
自分はこの上に毎日座り、寝転んでいたのか——頭の中にある記憶の風景が書き換えられていく。座ったり寝転んだりしている僕の下にあるカーペットが透き通り、その下にひしめく白い粉が現れた。
しかし——。
見慣れてくると、綺麗なのだった。
蛍光灯の光を受けて、粉たちは白金(プラチナ)のように輝いている。家具が置いてあった場所は無事で、その中でもソファーの置かれていた箇所などは、白い粉のおかげでL字形の道が形成されているのだった。
これも、プラチナ通りと言えるのではないだろうか。
シロガネーゼと言われたとき、もう負い目を感じる必要はない。僕は自分の部屋に、プラチナ通りをつくったのだから。
「板倉、どこ住んでるの?」
「白金です」
「え、すげえ、シロガネーゼじゃん」
「ええ、そうです」
プロフィール
板倉俊之
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