LIFESTYLE

僕が住む町の話。Vol.12/文・峯岸みなみ

誰も知らない高島平

2022.08.04(Thu)

cover design: Eiko Sasaki
text & photo: Minami Minegishi

私が生まれ育った町は東京都板橋区の高島平というところです。おそらく住んでいる人はみんな思っていると思うので恐れずにいうと、高島平にはこれといってなにもないです。かといって「なにもないがある」みたいなことが言えるほど田舎でもない。番組収録が始まる前の前室なんかで共演者と出身地の話になった時には「東京です。板橋区の、高島平……あっ、そーです。自殺の名所の。はい。団地の。えへへ」と、いつも微かに場を盛り下げてしまう。それなら東京以外で生まれて同郷の人と話に花を咲かせたかったなぁとか、リアクションの取りやすい東京の真ん中出身だったらよかったなぁって、人生で7回ぐらいは考えました。

そんな故郷にも思い出す情景はあるんです。平日に小学校の通学路にお漬物を売るトラックが来ていて、優しそうなおじちゃんがきゅうりを味見させてくれた。放課後遊んだお山の公園のそばにはたまにおでん屋さんが来て、10円とか20円とか、高くても70円ぐらいでおでんを買えるのが嬉しかった。学校の友達と缶けりで遊んだ時に団地の中まで隠れると、やっぱり見つけてもらえず非常階段のところで小さくなりながら夕焼けチャイムを聞いた。思い出す光景の温度はなぜかいつも生温かくて、私にとって安心する場所であるという証のような気がする。

駅前に両親がやっているクラフトビールのお店があります。元々は喫茶店だったけど、経営はとても大変だったらしく、2人で続けていくにはこの形だとなかなか厳しいかもしれないね…と話し合っていた時に、両親が旅行で訪れた岩手県 山田町で出会ったクラフトビールの美味さに感動し、その味を高島平でも!そして被災地でもある山田町の力に少しでもなれるならという思いで新たにオープンしたのがビアパブ“キリギリス”

そんな思いを知らない私は5年程前、とあるバラエティー番組で実家のお店のことを「昔は喫茶店だったんですけど、ごはんを作るのと早起きがめんどくさくなっちゃったみたいで…」と話した。本当はそんな風に言いたかったわけじゃない。でもなにか面白いっぽい、笑いが起こるようなことを言わないとという焦りから出てきた言葉だった。「ズボラだな!」芸人さんのツッコミでスタッフさんから笑いが起きて、自分のトークが無事着地したことに安心はしたもののザラザラとした感情が残った。両親は憶えていないみたいだけど、あの時の未熟な自分を思い返すと胸がギュッとなる。

そんな後悔を塗り替えたくて言うわけじゃないのですが“キリギリス”はとてもいいお店だと思う。ウッド調の店内に緑色の椅子がアクセントになっていて、オープンのカウンターと棚に並んだグラスがなんだか格好いい。たまに遊びに行くとお父さんがビールを出してくれて「ビール好きじゃないけどこれは美味しい。」と言うとすごく嬉しそうにする。間違いなく高島平で一番好きな空間だ。お店を出る時に見る光景はもっと好きで、ある日の一コマがずっと頭に残っている。その日はよく晴れていて、両親がお揃いのエプロンをつけて店の前まで出てきて私を見送ってくれる。あのなんでもない光景は自分でもよくわからないけど泣きそうになるぐらいホッとして、例えば急に地震が起きたとしても2人はここに一緒にいるんだって。それだけで私は東京の真ん中で安心して仕事が頑張れると、そんなふうに思った。

今はお店をオープンするのも難しい日々で想像以上に大変なことや辛いことがきっとあるんだと思うけど、私はお父さんとお母さんにはできるだけ長くここにいて、帰る理由であってほしいと願ってる。もしそれが難しく叶わなかったとしても、高島平の駅前にくればあの日の2人をいつだって思い出せる自信が私にはある。

プロフィール

峯岸みなみ

みねぎし・みなみ|タレント、女優。1992年、東京都生まれ。2005年からAKB48の第1期メンバーとして活動し、2021年にグループを卒業。卒業後も、ドラマや映画、ラジオやバラエティ番組など幅広く活躍中。9月1日には主婦の友社よりスタイルブック『短所ネガティブ 長所ネガティブ』を出版。

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