ライフスタイル
僕が住む町の話。Vol.11/文・おいでやす小田
コリアンタウンの猫
2022年7月4日
cover design: Eiko Sasaki
text & photo: Oideyasuoda
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/07/oideyasuoda-2-1600x2948.png)
![おいでやす小田](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/06/dd87fc0d87339fcd4a9a628933a9d239.jpg)
21歳の春、僕はお笑い芸人になるために生まれて初めて実家を出た。京都に住んでいた僕は大阪の土地勘などなく、今振り返ってもなぜあの街を選んだのか全く覚えていない。しかし結果的にすごく馴染んで自分の人生の一人暮らし期間で最長となる13年もの間、その街に住むことになる。
その大阪の地名は「桃谷」。
大阪の方以外はおそらくピンとこないであろうと思う。大阪に住んでる芸人にさえ「何で桃谷なん??」と言われていた。「鶴橋」と言えばおわかりだろうか??実際は「鶴橋」と「桃谷」と「今里」のちょうど真ん中あたりに住んでいた。鶴橋駅から歩くと今では有名になった生野コリアンタウン(当時は知らない人もけっこういた)の御幸通商店街を突っ切って平野川まで出たあたりだ。角のスーパーマーケット「BIS千代」が目印だ。(あの頃ずっと「びすちよ、びすちよ」言うてたけど今これ書いてて思ったのは「びすせんだい」かもしれない。)
ボロボロのアパートで1フロアに2部屋だけの5階建て、広さは2DKでそこそこあったが雨の日は壁に水が染みてくる程、古い建物だった。水道代、共益費込み(そらそうや、ほとんどなんの手入れもなかったし)トイレ、風呂別、ベランダ広い、の45,000円。1階がスナックで2階の僕の部屋に深夜までカラオケの歌がガンガン聞こえてきた。でも毎日のことなのでいつしか慣れてあまり気にならなくなった。そして一つの発見があった。
同じカラオケでも歌の上手い人はいいけど、下手な人は腹が立つ。
騒音問題とはちょっと違う。「うるさい!」「何時や思ってんねん!」じゃなく「音外しとんねん!」「下手なクセに気分よく歌うな!」なのだ。その内、歌声まで聞き分けられるようになり、「あのオッサンまた来とる!」「またおんなじ所で音外しとるがな!」「最後またあの曲やないか!じゃあいつものこの曲でお別れにしましょう〜やないねん!!」まで思うようになった。(現在僕は当時のあのオッサンくらいの年齢になったんだろうか)
ある日、和室の畳が嫌になってホームセンターに絨毯を買いに行き、2メートル四方ぐらいの絨毯を丸めて、配送料もったいないからと意地でかついで持って帰ったこともあった。浴槽に6キログラムの鉄アレイ落としてしまって(なんでそんなことになった?)穴が空いてしまい、ガムテープで穴をふさいだら何の問題もなく浴槽として機能した。だから多分、量さえあればガムテープで浴槽は作れると思う。当時の部屋の風景を色々思い出す。薄いグリーンのソファ、ブラウン管テレビ、小さめのコタツ、冷蔵庫、食器棚……ん?食器棚??
……食器棚!!!
そういや食器棚、今住んでる家(もちろん東京)の食器棚や!!!記憶曖昧やけど気付いたらずっと同じやつ使ってる!!結婚を機に……買い替えとかもしてへんやん!知らん間に20年以上、時間経ってた!
当時の僕は上本町百貨店のデパ地下食品売り場でアルバイトしていた。今でも1年に1回くらいフラッと売り場に立ち寄って、当時から働いているパートのおばちゃんとおしゃべりしている。こないだも行ってきた。今こうしてテレビに出れてることを本当に喜んでくれている。
このアルバイト先は貧乏芸人だった僕の食生活をかなり支えてくれた。
とにかく閉店後に持って帰れる惣菜がとてつもなく豪華。メインの焼き豚はもちろん、チキンステーキ、ハンバーグ、サラダ。そして他の食品売り場からも毎日「これ持って帰り!」と、うな重、お寿司、カレー、とありとあらゆる食べ物をもらった。年末だけ販売して余ったら持って帰ってた100グラム1,500円くらいするローストビーフは、当時食べたことがあるうちの奥さんのお気に入りだった。
ただ、人間は愚かで傲慢で感謝というのを忘れてしまう。
同じものを毎日食べてるとどーしても飽きてしまう。1つ2,300円くらいするうな重も1週間も食べればすぐに飽きる。タレの味にどーしても飽きた僕はうなぎを水で洗って白焼き風に、タレのついたごはんもザルに入れて洗って水きって、より白飯に近くして食べたりしてた。ハンバーグを水で洗ったこともあった。(ハンバーグの方が割となんかソース足すだけで洗わないことも多かった。)お寿司も初めてもらった時は、それはそれは感激してちゃんとテーブルに置いて正座しながら手を合わせ、天に向かって感謝の気持ちを述べていたが、いつしか布団で寝っ転がって漫画を読みながらスナック菓子感覚で寿司をつまむようになり、晴れの日に布団をベランダで干そうとした時、布団からいくらが数個出てきた。
そんな食べ物の匂いに釣られてか、ある野良猫がベランダに来るようになった。ベランダに出るためのドアが磨りガラスで、来てる時は一目でわかった。黒とグレーの模様の猫だった。当時彼女だった今の奥さんが、かわいがって次第に今日来てるかもわからないのに、買い物のついでにキャットフードとミルクを買って帰ってた。来てない日は残念そうだった。
「今日シャコちゃん来てへんなぁ」
「あぁ……あの猫?シャコちゃん??」
「うん、シャーシャー鳴いて全然なつかへんからシャコちゃん」
そう、食べ物はしっかりもらうクセに触ろうとしたら「シャー」と鳴いて引っ掻いてくる、めちゃくちゃ自分勝手な猫だった。引っ掻かれて指から血を流しながらなんとかキャットフードの缶を置かないといけない日は「これなんなん」と思ったりもした。
あとよく近所を飼い主の人と散歩していた、サンドバッグのようにまるまる太った13キログラムもあるフレンチブルドッグの「モンちゃん」
そして忘れられないのが南アメリカ原産の大ネズミ「ヌートリア(別名: 沼狸)」(ぬまだぬきて!なんちゅう別名や)……いや、決して書き間違えではなく、信じてもらえないかも知れないが本当にヌートリアが家に出た。もちろん初見で「ヌートリアや!出た!」とはなってない。家に出るにしては規格外過ぎる。後々に後輩に興奮してしゃべって、その後輩が特徴聞いて調べてくれて画像を見て「これや!こいつこいつ!」となって判明した。最初は冗談抜きでホンマに化け物が出たと思った。引っ越そうと思った。
13年間住んで引っ越す時やっぱり何が寂しいってのは、その動物達との別れ(ヌートリア以外。アイツは怖すぎる)だった。特にシャコちゃんとの別れは奥さんはしばらく引きずってたと思う。毎日来てたわけじゃないから他にも食べ物をもらえる所がいくつもあったとは思う。引っ越しの日、荷物を全部ぶるぼん(現在: 平郡島住みます芸人、本名: 古谷勇人)が借りてきてくれたレンタカーに積んだ後、奥さんと缶のキャットフードをベランダに置いて家を出た。管理人さん、すいません。ベランダに(シャコちゃんが食べたであろう)空の缶があったはず。掃除し忘れてた訳ではありません。
「最後くらいは豪華に!」とも思ったけど、急に高価なもの食べてお腹壊したら最悪やと思って、いつもと同じキャットフード。
食べ慣れたやつの方がええもんなぁ??なぁ?シャコちゃん。
どうしてる?元気でやってるか。まだシャーシャー言うてるんか?
俺ら今、東京でなんとか暮らしてる。こっち来た時はまた言うてや。ほな、また。
プロフィール
おいでやす小田
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