ライフスタイル

僕が住む町の話。Vol.8/文・崎山蒼志

風の迷路となるまちで

2022年2月5日

cover design: Eiko Sasaki
text & photo: Soushi Sakiyama

 住む場所に人は物凄く影響を受けるのだなと、上京から一年が経過しようとする現在、感じています。私が約一年前から住むこの街は、駅前は人流が途絶えませんが、比較的静謐としている場所のように思えます。その前に暮らしていた地元、静岡県・浜松市とも静けさとしましては、だいぶ近しい部分があるでしょう。ですがそことは明らかに違う点があるのです。それは人の数による建物の多さ、それによる間隔の狭さ、土地が醸し出す雰囲気、そして地形です。地元の浜松市、特に自分の生活圏内だったところは比較的建物と建物の間に空間があることが多く、高い建物もあまりないため、空が広く感じ、ある種の抜け感みたいなものが存在しています。当たり一面に風がふぁっと抜けてゆくような。また、自然も目に見えるところに多く、高校の帰りなんかは、森林の方角から、大きな夕景の麓へと自転車を走らせていました。

 そうしたイメージは自分自身の作る音楽にも影響をもたらしていたのだなと思います。

 一方、現在一人暮らしするこの街は逆なように感じます。間隔が狭くぎゅっとしていて、建物がずっと並ぶ細い道を、風が迷路みたいにちょこちょこ曲がりながら進むイメージを覚えます。自分も含め見渡す限り電車移動で、駅に降りた瞬間から徒歩になること多いのですが、一所にスーパーや薬局など日用品が買える店も密集しているこの街は、生活圏が歩幅の感覚と近いなと日々感じてます。そうして歩いていると、例えばひょんな思いつきで角を曲がる度に知らない店や、知らない雰囲気の路地が出現し、私は迷路をちょこちょこ曲がる風のように、まだまだ自分の知らない新たな場所へと繋がってゆく気持ちになるのです。徒歩移動という自動車よりも遥かに主観的な冒険感、また道の湾曲や角が多くその先の道が見えなくなっていることによるワクワク感がより「新たな場所に繋がる」ということを意識させるのでしょう。私の住居のすぐ近くを通る一本の道には墓地がありまして、その道は湾曲していった先が見えなくなっています。丑三時を迎える度私はそのことを思い出し、その見えなくなった道の先が今、冥界に繋がっているのではないか、また、見えなくなっている側の道を歩いている人は墓地の方向に冥界の扉の開閉の儀式を感じているのではないか、そんな想像をするのです。そうしたイメージは自分自身の創作に大きな影響をもたらします。道の話は、地形の話でもあるでしょう。小高い丘や小さな山、谷なども多いこの街含むこの区域は、なんとも言えない独自の雰囲気を醸し出しています。坂を下るとすぐ坂を登らなくてはならない、明らかに「谷」な場所がありまして、そこには大きめのアパートや、家が立ち並びます。果てしなく人口の多い区域の、住宅街の一部分。人が多い場所にはそれなりにパワーといいますか、拭いきれない、これまでの日々で培われた人の数だけの「気」の蓄積があると私は常々考えています。断面図にしたらコップの底のような「谷」に、近辺に暮らす人々の「気」が貯まっている感じ、それもなんだかこう、とてつもない磁場のようにさえ思えました。

 もうひとつ、さっきの墓地にも近い老舗ラーメン屋に訪れた際、店員さんと近所の方が世間話をしていました。小耳に挟んだ程度ですが、お二人とも長い知り合いのようで、内容はこの地域に関することでした。ごく当たり前の光景、ですが私にとってはとても新鮮で、改めて「ここにはここの歴史があるのだな」と痛感した瞬間だったのです。住むまでは縁もゆかりも無かった場所ですが、住んでみることによって知るこの街のリアリティ、そのリアリティの中プラスアルファで拾ったこの街の歴史、私がこの街に溶けることのできた瞬間でもありました。それらの経験から、その土地土地で流れてきた時間や、またそこに暮らしてきた人々の形の残るもの、残らないもの痕跡が、その土地に保管されている、という発想が生まれました。2月2日にリリースした私のアルバムのテーマにも繋がります。大きなインスピレーションをこの街からもらったのです。

 勿論創作においての影響だけではありません。今までは経験のなかった電車を利用する際に、ICカードのチャージ金を確認することや、すれ違う凄まじい数の人々、私が住むアパートの隣にも上にも向かいにも人が暮らしていること、スーパーのタイムセールなど、この街やその近辺での出来事が生活と化し、また生活と化したからこそ、心身共々日々些細に疲弊したり高揚したりしています。どれも実家で暮らしていた頃には無かった習慣です。

 休日は和やかな雰囲気の漂う駅前の通りに、この街に住んで良かったなと感じます。勿論ここにはずっといる訳ではなく、いつかは引っ越す時がくるでしょう。私は次、どんな街に暮らすのでしょうか。今から楽しみです。その時までこの街の探索を続けよう思います。そして余すことなく影響を受け切ろう、と思っています。

PROFILE

崎山蒼志

さきやま・そうし|シンガーソングライター。2002年、静岡県浜松市生まれ。2018年、インターネット番組で披露した弾き語りをきっかけに話題となり、現在はテレビドラマや映画主題歌、CM楽曲などを手がけるだけでなく、コラムやエッセイなどの執筆業でも活躍中。

INFORMATION

『Face To Time Case』

2022年2月2日、石崎ひゅーいとの共作曲「告白(石崎ひゅーい×崎山蒼志)」他全12曲を収録したメジャー2枚目のアルバム『Face To Time Case』を発表。崎山くんの文学的歌詞、メランコリックな歌声、予測不能のメロディとギタープレイをとことん堪能しよう。(Sony Music Labels)

サブスク&DLはこちら。 https://soushi.lnk.to/nOXEcJ

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