ライフスタイル
僕が住む町の話。Vol.13/語・井筒和幸
オレが撮らなかった町
2022年10月4日
cover design: Eiko Sasaki
text: Keisuke Kagiwada
生まれてから24、5歳まで暮らしたのは奈良県郡山。だけど、思い入れがある町と言ったら、間違いなく奈良駅周辺だね。特に、奈良高校に通っていた3年間は思い出深い。
郡山から近鉄に乗って奈良に向かうと、当時は途中から路面電車になっていたんだよ。今は地下に潜っているけどね。その路面電車がある風景は、なかなかいいものだった。毎日のように目にしていると、重たい古都の歴史を背負っているのも感じられて、鬱陶しくもなるんだけど(笑)。まぁ、誰だって故郷に対する思いっていうのは、そんなもんじゃないかな。
奈良駅を下りるやいなや、目の前に若草山、東大寺、興福寺が広がり、そのまま横に、東口商店街が続いてる。それを通り抜けてさらに歩くと、興福寺のたもとに猿沢池がある。修学旅行生がみんな写真を撮る場所だね。その猿沢池の奥にあるのが、当時足繁く通った尾花劇場という洋画ロードショー映画館なの。
尾花劇場の小屋主は奈良高校のOBで、高校の紋章を見せると無料で入れてくれたんだよ。金がなかったので、これは助かった。小屋主はわかっていたんだろうね、映画は若者にこそ観せなきゃいけないって。その近くにも映画館がいくつかあって、週1くらいで通っていたね。
当時観たのは、いわゆるアメリカン・ニューシネマ。『イージーライダー』だったり、『真夜中のカーボーイ』だったり、『俺たちに明日はない』だったり。銀行強盗をやらかすだけやらかして逃げおおせる者、刑事なのにダーティだったり……。アメリカン・ニューシネマには、当時のダサい邦画にはないアナーキーさがあったんだよ。
そうそう、『ファイブ・イージー・ピーセス』を観たのもこの頃。これがなかなかいいシャシンなんだよ。タイトルは「5つの練習用の楽譜」という意味。要するに、ピアノは5つの曲さえ弾けたらいいんだ、ということ。また、「5つの身の周りのもの」っていう意味もあるんだ。テンガロンハットとかライターとかブーツや拍車、そんなものが5つもあれば、重たい荷物はなくてもどこでも行けるよっていう、まぁ、カウボーイのジョークだな。この映画は、ジャック・ニコルソン演じる主人公がそれを思い知るっていう話。実際、最後で彼は一緒に車で旅していた女をガソリンスタンドに残して、どこでもないどこかへ一人で去る。最高のラストで、「イエー」って言ったよ(笑)。今でも若い人が見たら「イエー」って言うんじゃないかな。僕は今もその頃の気分を保ったまま生きているところがある。
学校生活は……ひたすらつまんなかったね(笑)。髪の毛が少しでも長いと先公に文句言われるような、伝統校だったから。そうやって校則にがんじららめにされれて、体制の中の人生コースに埋没させられる日々が、楽しいわけがない。それで、ベルトコンベアーの上に乗せられるように京大や東大に進む者は進んで、「どうぞ役所でも大企業でも行きなさい、行かない奴は知らんぞ」っていうその姿勢がね、本当に嫌だったね。
それで高3の夏休み、学校の中に忍び込んで友達と8ミリ映画を撮るんだよ。こんな学校にいたら殺されてしまうぞっていう内容で、血糊を使って主人公の受験生が「正義」という仮面の男に襲われるシーンなんかも撮ったね。楽しかったなぁ、結構暴力的なシーンもあって。まぁ、今とやっていることは同じなんだけど(笑)。だけど、それを学園祭でかけようと思ったら、先公にバツを食らったんだよ。学園祭は他校生も来るから、こんな内容のものはままならんって。もちろん、言い合いしたよ。でも、ダメでね。結局、文化祭前に物理教室を占拠して、ゲリラ上映会を開いたんだ。作ったからには、観せないと意味ないからね。当日は、放送部の女子に校内放送でアナウンスしてもらったりして、全校生合わせて30人くらいは観てくれたんじゃないかな。え?タイトル?『オレたちに明日はない』(笑)。
あんなに鬱陶しいと思っていた場所だけど、今はちょっとした暇があれば帰りたくなるんだよな。一々、何も意識しなくていいというか、無になれるから。きっと故郷ってそういうものなんじゃないかな。とは言え、僕は映画屋として、奈良を舞台にした作品ってひとつも撮ってないんだけど。何か嫌で。まぁ、壬申の乱とかだったら、撮ってもいいかもしれないけど(笑)。
プロフィール
井筒和幸
Official Website
https://www.izutsupro.co.jp
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