ライフスタイル
僕が住む町の話。Vol.14/文・小林私
愛は町に無い。
2022年11月4日
cover design: Eiko Sasaki
text & photo: Watashi Kobayashi
選択の余地のなかったものに対する愛情は、どことなく歪みを湛えている。
例えば家族、例えば容姿、例えば星座や誕生日、そして生まれ育った町。
私は家族とは不仲で、ここ数年は一切の音信を絶っているから、それに対する愛情というものは存在しないのだけれど、誕生日などは好ましく思う。1月18日。旅先でふいに1、1、8の数字の並びを見かけると少しばかりの気の緩みを感じる。不思議だ。
テレビに地元が取り上げられて嬉しかったり、日本代表チームの勝利を自分のことのように喜んだりしながら、無関係な自分を思い出して、ふと気持ち悪くなる。
そうした違和感を覚える度、血肉に染み付いた妄執の正体が倒錯した自己愛だと感じる。自分が生まれついた星が偶然にも素晴らしく輝き、その下で己が照らされているのだと信じていたいのだ。
だから、地元愛という感情の湧出には一種の必然性があると考えている。
そもそも世界とは美しいものであるのに、何故地元のそれが一層誇らしく思えるのか。
誰しもの母校に面白い・変わった・癖のある先生がいる。それは教師という職業に面白い人間が集まっているのではなく、まして特異に見える人間がたまたま無数の学校に遍在しているわけでもない。理由は明白だ。数時間一人で喋っている人間を何日も何ヶ月も眺めていると、だんだんとその人特有の考えや癖が否が応でも見えてくる。だから面白く見えるのだ。
電車に乗り込む人達や街ゆく客が画一的に見えても、自分の友人のことを振り返ると、同じような人はいない。みな可笑しみと、その人らしさを携えている。
思うに、“ちゃんと”見ているかどうかだ。初めは似ていると思っていた人達の顔が、関係が深まるにつれて全く違う顔だと認識出来るように、自分が住んだ町を特別快く思うのは、知っているからだ。
暗闇を押しのける木々の輪郭や、吸い込んだ早朝の空気の冷たさなどを身をもって知っていく。そうして、まだここから決して逃げられない因果を、好きだから住んでいるという風に錯覚していく。気付けば骨の芯までそうなっている。私は少し前から一人暮らしを始めてこの町を出た。しかしまだどこか、そうなったままだ。
私が生まれ育った町は東京はあきる野市の五日市。なにか一つ特筆するとしたら、夏の町と言えよう。
ふところに秋川渓谷をもって、川遊びや祭りが盛んな地域。都心から一時間で行ける田舎、都会の人間が忘れた豊かさがここにある、などと表されることが多い。
(余談だが、これは非常にバカバカしい価値観だ。わざわざ移動せずに角ばったオフィスビルのひしめきを眺めていても、毎日のように違うものだ。普段ぼんやりと歩いている道を、しゃがんで手の平で撫でる。それだけで今自分がいる位置と運動の解像度が爆発的に上がるのだ。)
この町の、夏への思い入れは凄まじいものがあった。
大きな祭りがある期間は地域の学校が休みになるほどで、当日もわざわざ友人と約束する必要はない。数分歩いていれば必ずクラスメイトと出くわす。
さらに言えば、地元の中学校の生徒達が担ぐ神輿は、一切強制でないのに九割の人間が参加を希望する。
終わりがけなども興奮冷めやらぬまま、五日市のなかの小さな町同士でいざこざが起きている。
「上町(かみちょう)ナメんな!」
「榮町(さかえちょう)が一番だ!」
という怒号を聞いたこともある。この町には住所にも載らない境界が幾つかあり、その距離はほぼ1kmに満たなかったりする。
小さなマチのなかのもっと小さなマチにさえ、どこで覚えたのか分からない愛情があった。
夜のうちに出店などが片付いた後の翌朝の町にはいつも心惹かれた。何もなかったかのようにがらんとして、誰も住んでいないかのような静けさだけになる。夏を終えると蝉が死ぬように黙する。私はこれを冬眠と呼んでいた。
あきる野を出てから、私は以前にも増して祭りに焦がれるようになった。屋台のありそうなイベントポスターを眺めながら、山岡士郎よろしくこんな祭りは偽物だねなどと宣う。それは一つの郷愁であり、確かにあの町にしかなかったものだ。
同じ町や同じ情景はない。ただ記憶の中の感動は案外、誰しも似通っている。
どこか知らない田舎に赴いても何故か懐かしく思える。故郷という言葉に紐づけた思い出がセピアに色づいていると、肉眼で見たそれらしき風景と混同してしまう。
それでも住んでいた町に特別な愛を感じる。比肩しようもない美しさを認めたくなる。
愛は町に在らず、自己を見つめた先で見つめ返してくるものだ。
プロフィール
小林私
こばやし・わたし|シンガーソングライター。1999年、東京都生まれ。多摩美術大学在学時より、本格的に音楽活動をスタート。シンガーソングライターとして、自身のYouTubeチャンネルを中心に、オリジナル曲やカバー曲を配信。楽曲をコンスタントに発表し続け、チャンネル登録者数は15万人を超えている。2021年には1stアルバム「健康を患う」がタワレコメン年間アワードを受賞。2022年3月には自らが立ち上げたレーベルであるYUTAKANI RECORDSより2ndアルバム「光を投げていた」をリリース。
Official Website
https://kobayashiwatashi.com/
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