ライフスタイル

Go with the 風呂〜 Vol.11/草津温泉 ペンションはぎわら

写真・文/大智由実子

2021年11月22日

photo & text: Yumiko Ohchi
background artwork & movie edit: Fujimura Family
edit: Yu Kokubu

私は疲れていた。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ疲れていた。肉体的にも精神的にも。

先月発売されたFujimura Familyの写真集を作るため、夏からずっとかかりっきりだったし、緊急事態宣言下だったので疲れを癒しに温泉やサウナに気軽に行ける状況でもなかった。よって、肉体的疲労が蓄積。

写真集制作は基本的には和歌山在住のFujimura Familyとリモートでやり取りしていたし、出来上がった写真集を売るのもオンライン販売のみだったので、生身の人間との触れ合いが極端に少なく人との交流は全てバーチャルだった。よって、精神的疲労が蓄積。

しかも作ってリリースしたら終わり、ではない。むしろそこからが忙しい。書店営業や発送作業、イベントなど…ほんとに息つく暇もない。私みたいに一人でやっている個人事業主は「ちょっとこれやっといて」と頼める人もいないからまさにてんてこ舞いで、ストレスからパニック発作寸前の危うい状況だった。

そんな中、この『Go with the 風呂〜』の原稿締切もヒタヒタと足音が近づいてきていた。とにかく時間がない。手っ取り早く行けて、短時間で癒し効果絶大で、しかも印刷費でスカスカになった私の懐に優しい安価な温泉宿を!まさに安近短(あんきんたん)とはこのこと!と、血眼でリサーチした。

正直なところ、肉体的疲労はどこの温泉でも癒されるし、なんなら家のお風呂でも湯船にゆっくりつかればだいぶ癒せる。だからどっちかっていうと私が求めていたのは精神的疲労を癒してくれるところだった。

コロナ禍では、えげつないほどステイホームをしてて買い物とゴミ出しくらいしか外に出ない生活で、誰とも喋らない日なんてざら。すっかり声帯が閉じきってしまい、とっさに喋ろうとしたら声がかすれて思うように喋れないことだってある。ソーシャルディスタンスとか言って、人と人との距離を保たなきゃいけないから、握手どころか気軽にハグしたり身体に触れることが許されない世知辛いご時世。そんで、前述したようにここんとこずっと人とのやり取りは全てバーチャルで済まされていた。

そう、私は「触れ合い」に猛烈に飢えていた。スキンシップによって分泌されるオキシトシン(a.k.a 愛情ホルモン)が完全に枯渇していた。とは言え、やはり人と触れ合うことは躊躇されてしまう… う〜ん…そうだ!動物と触れ合おう!コロナなんて概念の無い動物ならば人間に触られることに躊躇しないだろうし、相手も喜んでくれるだろう。

とっさに検索ワードに「柴犬」を加えた(私は大の柴犬好き)。そして検索結果にあがってきた中で血走った目を奪われたのが、草津温泉のペンションはぎわらというところの看板犬ももちゃんだった。あまりの愛くるしさに、2秒後には宿泊予約の手続きへと進んでいた。

草津温泉へは、新宿から高速バス一本で行ける。4時間ほどかかるけど、乗り換えもないから車内では寝てていいから楽ちんだ。

洋風な外観とは裏腹にお部屋は和室で柴犬がいるという、和洋ギャップ萌え。

草津のバスターミナルに着いて、歩いてペンションはぎわらへ。「もうすぐももちゃんに会える」と、胸の鼓動が早まる。ドキドキしながら玄関のドアを開けたら…いた!!

ちっちゃな豆柴のももちゃんがしっぽフリフリ愛想よくおもてなし!うわ〜これヤバいやつだ…理性とかそーゆーの根こそぎ持ってかれるやつだ…。瞬時に察した私は潔く人間としての尊厳をほっぽり投げ、自分でも「誰?」って思うような高い声と赤ちゃん言葉でももちゃんに話しかけていた。ももちゃんはかわいいだけじゃなく、人懐っこくてお利口さんで、まさに看板犬の鏡と言えよう。

玄関でお客様の到着を待つ忠犬ももちゃん。

ここがペンションだということをすっかり忘れてももちゃんにデレデレになって撫で回していたところ、穏やかで優しい雰囲気のご主人が出ていらした。ハッと我に帰り、挨拶をして宿帳に記入をしてチェックイン。「お部屋はそちらです」と示されたところはなんとももちゃんの定位置らしきベッドがあるところのすぐ脇だった。部屋のドアを開けたらすぐにももちゃんが…ハァハァ。

お部屋はお庭に面した広い和室で、私の憧れのこたつもあるぞ。ひ〜ん最高。

部屋のドア脇にこんな子が鎮座しているなんて…耐えがたい。

しかもですね、ここペンションはぎわらはお風呂も素晴らしいのです。天下の名湯・草津温泉にはいくつかの種類の源泉があるのですが、こちらのご主人のお兄様がそのうちのひとつの源泉「わたの湯」をお持ちで、ここではその「わたの湯」に入れるのです。ちなみに「わたの湯」は、湯の花がたっぷりの酸性の強い温泉なんだけど、肌ざわりが優しくソフトで、まるで綿にくるまれているよう、ということから名付けられたそう。この「わたの湯」に入れるのは草津温泉でも数カ所しかないとのことで、温泉マニアの間では有名らしい。

ひとしきりももちゃんを撫で回してオキシトシンを分泌したところで、さっそく温泉へ。男湯・女湯どちらでも空いていれば貸し切りで入れる。浴室のドアを開けるとむわっと鼻にまとわりつく硫黄の匂いが瞬時に温泉気分を爆アゲしてくれる。小さめのこじんまりした浴槽だが、しっかりオーバーフローでフレッシュなわたの湯を楽しめる贅沢さ。

おわかり頂けるだろうか、ジャンジャン景気良くオーバーフローしているわたの湯を。

湯船に入ると、強めの硫黄の匂いと湯の花の量に反比例して肌ざわりはまろやか。酸性の強い温泉特有の肌にピリっとくる感じはほとんどない。ちょっと熱めだったのでそろりそろりと入って、じっとしていると綿のおくるみに包まれているような「ほわぁ〜」とした多幸感がこみ上げてきた。「…これが…わたの湯…」ぽんやりと多幸感に浸るも5分くらいが限界。ご主人も「最初は短めに入った方がいいですよ」とおっしゃっていたので、短めにサッと入るのをその日は3回繰り返した。

しかも草津の湯は非常に強い酸性で、コロナウイルスの感染力を失わせちゃうくらい殺菌作用が強い。そのせいか、私のあごに出来かけていたニキビも、繰り返し入っているうちに「成長・発展ばかり追い求めるのもなんか違うよね」と思い直したのか、鎮静化していった。正直、現政権にも草津温泉に入ってそこらへん思い直して欲しいところ。

温泉とももちゃんスキンシップを繰り返し、お腹が空いたら温泉まんじゅうやスーパーで買ってきたお弁当やらをお部屋のこたつで食べる(ここは素泊まりのみなので食べ物持ち込みOK)、そんな贅沢がこの地球上にはあるという事実に感謝。

癒された。肉体的にも精神的にも癒された。
満たされた。全てが満たされた。
疲れ切った私が求めていたものは全てここにあった。
結論:温泉と柴犬さえあれば他に何も要らない。究極の癒し、ペンションはぎわらにあり。

執筆者プロフィール

大智由実子

2012年よりMARGINAL PRESS名義で洋書のディストリビューションを行ってきたが2017年に活動休止し、世界中の様々なサウナを旅する。サウナライターとして花椿webにて『世界サウナ紀行』を執筆する他、サウナ施設の広報も務めるなど、サウナまみれの日々を送る。のちにサウナのみならず銭湯や温泉などお風呂カルチャー全般に視点が広がり、個性強めなお風呂を探究して現在に至る。そしてついに4年の沈黙を破りMARGINAL PRESSとしての活動を再開。一発目は本連載にてアートディレクションを手掛けるFujimura Familyの写真集『PROOF OF LIVING』を出版する。

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