TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
LIFESTYLE

[#3] Go with the 風呂〜/鳳明館

2021.05.26(Wed)

緊急事態宣言下の5月の文京区本郷。東大前駅を出て目がくらむほど鮮やかな新緑の中、正門前を歩く。キャンパス内の方から吹いてくる知的で爽やかな風を吸い込むだけでなんだかIQが高くなるような気がして、いつもより余計に深呼吸をした。

専門書の古書店や古い喫茶店が並ぶ通りから脇道に逸れて向かう先は、鳳明館という旅館。都内に現存する貴重な歴史ある旅館で、以前どこかでこちらのお風呂の写真を見て一目惚れして以来、長らく「いつか泊まってみたい」と思いつつ、都内在住の私はその「いつか」が訪れるのをぼんやり待っていた。そうこうしているうちに新型ウィルスに世界中が翻弄される日々が来て、ついに「鳳明館が五月いっぱいで休業する」というニュースが飛び込んできた。びっくりして動揺しつつも、すぐさま宿泊予約を入れる冷静な自分もいることに気付いた。これまでの当たり前が突如として当たり前じゃなくなったこの一年余り、「いつか行こう」と思っていた老舗や個人商店が自粛中にひっそりと幕を下ろしてもう行けなくなってしまい、「なんで今まで行かなかったんだよ!」と自分を責めて後悔にひたる日々を過ごしていた私は、自責の念と引き換えに「行動力」という武器を手に入れた。

鳳明館は、明治時代に建てられた登録有形文化財になっている本館と、その隣にある台町別館、そしてそこから徒歩5分程離れたところにある森川別館の3つの建物がある。それぞれ建物の歴史的背景も違えばお風呂も違うので、私は森川別館と台町別館に泊まることにした。

こちらが森川別館。

まずは一番新しい森川別館にて一泊。新しいと言っても森川別館が出来たのは昭和30年代前半だから、もうとっくに半世紀は過ぎている。

住宅街を歩いていくと、いきなり京都の老舗旅館のような風情のある旅館がお目見え。ドキドキしながら玄関に入ると着物姿の素敵な女将さんがお出迎えして下さった。玄関ロビー(と呼ぶのかはわからないけど)には洋風の応接ソファーとシャンデリアがあったりして和洋折衷のクラシカルな雰囲気。「昭和レトロ」なんて使い古された言葉で表現していいのか悩ましいほど美しい。お部屋に案内される道すがらに見られる造作や意匠もいちいち食いつきたくなるような見どころ満載で大興奮してしまい、部屋に着いた時にはもう汗ビチョンコ。チェックイン早々、汗を流しに私はお風呂へと向かった。

ここ森川別館には、男女別にローマ風呂と千鳥風呂のふたつのお風呂がある。この日の女湯はローマ風呂で、感染予防の観点から贅沢にも貸し切りで使用できる。カラカラとお風呂の扉を開けて中を見た私はあまりの可愛さに悶絶した。中央にはピンクとブルーのタイルで作られたまん丸の浴槽があり、壁面にはヨーロッパの広場のような風景のタイル画が。昔は修学旅行の団体客で賑わっていた時代もあったそうで、当時は学生さんたちがこの円形風呂にぐるりと腰掛け語り合っていたのだろうか。かつての賑わいに想いを馳せながらひとりでニヤニヤとこの可愛らしいお風呂を独占させてもらった。

タイル画とまん丸浴槽がかわいらしいローマ風呂。
昭和初期のビット絵アートだね、こりゃ。

そうなると男湯の千鳥風呂もめちゃくちゃ気になってきて、入れないのは重々承知の上、翌朝のチェックアウト時に少しだけ見させてもらえないかと上目遣いでおねだりしてみたところ、快く見させて頂けることに。清掃中だったので「スミマセン、ちょっとだけ…」と遠慮がちに中を覗いたら、こちらものたうち回るほどの可愛さで大はしゃぎしてしまった。一見ハートか雲の形のようだけど、名前にもあるように千鳥の形をしているそうだ。あーかわいいかわいい。興奮のあまり語彙力ゼロになって、なんでも「かわいい」と表現する女子高生のようになった。

写真だとわかりにくいけど、ぽってりとした可愛らしい千鳥の形をしている。

お風呂コラムだからお風呂のことを中心に触れるけど、森川別館の建物や随所の造作・意匠の遊び心溢れる素晴らしさ、お部屋で食べた朝食の美しさと美味しさ、そして愛情とホスピタリティのある優しい女将さん、、、ここでは到底書ききれないので、ごめんなさい。キッと心を鬼にして本館のお風呂に移ります。

本館入り口。旧漢字と右から左に読ませるあたりが伊達じゃない。

翌週に泊まったのは台町別館。コロナで客数が激減してしまったここ1年ほどは本館と台町別館を週の前半・後半で交代しながら営業をしている。私が泊まった週の後半は、本館はお休みで台町別館が営業していたのでそちらに泊まったのだけど、お目当てのお風呂があるのは一番古い本館の方だ。でも、こちらも見学だけなら翌朝チェックアウト時に案内して下さるとのことで一安心。

そのお目当てのお風呂というのは、昭和初期に作られたという龍宮風呂とひょうたん風呂。数年前にどこかでこれらのお風呂の写真を見て、絵文字みたいに目がハートになった。

翌朝には、あのお風呂に実際に入ることは出来なくともこの肉眼で見れるんだと思うと気もそぞろで寝付けないかもしれない、と思いつつ布団に入ったら秒で寝落ちした。

翌朝スッキリと目覚め、台町別館の末広風呂(こちらは比較的新しい)で朝風呂も入り、お部屋で鳥の囀りと動き始める街の音をBGMに朝食を頂いた。これ以上無いだろ、ってくらいの完璧な一日のスタートだ。

本館を見学希望の他のお客さんと共に朝9時に台町別館の玄関に集合、とのことで遠足に行く小学生のようなワクワクした気分で集合場所に集まった。

日露戦争が終わったばかりの明治38年、今から116年前(!)に建てられたという本館はさすがの貫禄で懐深く私たちを迎え入れてくれた。でもなんだろ?不思議とあまり歴史の重みによる威圧感というか、重苦しさはなく、どこか庶民的でフレンドリーな感じがした。それもそのはず、この建物は創建当時は下宿屋だったのを昭和9年に鳳明館の創立者が建物を買い取り、その後下宿屋兼旅館として経営していたが、終戦後の昭和20年に模様替えをして現在の旅館の形になったそうだ。だからどこか下宿屋の雰囲気というか、「ただいまー」と言いたくなる感じが残されているのかも。そして旅館となった後も昭和には多くの修学旅行生などの団体客を受け入れてきたため、その名残として玄関ホールには東京タワーの置物などを売っている東京土産の売店もあって、昭和生まれの私の泣き所をツンツン刺激してくる。

東大が近いこともあり、地方の受験生さんがここに宿泊していたそうで「合格」「必勝」と書かれたはちまきも売られていた。旅館にカンヅメになってはちまき巻いて受験勉強…あぁ昭和(泣)

それぞれに趣向を凝らした作りのお部屋も見させて頂き、いざメインディッシュのお風呂へ。

まずはひょうたん風呂。ずるい、ずるいよ。こんなの反則だよ。こんな可愛いひょうたん型のお風呂を見て胸がときめかない人なんて鬼畜以外にいるのだろうか?と思わざるを得ない可愛さ。またしても語彙力ゼロの女子高生になってしまった。

そこにケロリン桶があって初めてこの絵が完成する。

そしていよいよ地下にある龍宮風呂へ。ドアを開けたらそこはもう龍宮城でした。さまざまな種類のカラフルなタイルを駆使して鯛や平目、海亀たちが悠々と泳ぐ海の世界が見事に表現されている。ここで湯船に浸かりながら湯けむりの中、うっとりとこんな風景を眺めていたら、地上の世界では100年なんてあっという間に過ぎているだろう。ホント浦島太郎になっちゃう。しかも実際この建物は100年以上前のものなんだから、意外とシャレにならない話だよ?事実、台町別館に泊まって翌朝には本館を見学して…ってやったらもう脳みそがオーバーヒート起こして、見学が終わった頃にはぐったりして、身体もすっかり年老いてヨボヨボになってたし。

ここはもうタイルアート界のルーブル美術館と言っても過言ではない。
小さな豆タイルは今はもう作られていない貴重なもの。

ヨボヨボになったけど、これでなんとか鳳明館の4つのお風呂を制覇した。しかし、どのお風呂も半世紀以上も使われてきたというのに、清潔感があった。これはお掃除や修繕メンテナンスをきちんとされている証。女将さん達を始め、お風呂掃除をされていた方や働いている方々みんな愛情と誇りを持って鳳明館を守り続けているように感じられた。

そうやって70年以上も大切に引き継がれてきた鳳明館が5月いっぱいでしばらく休業してしまうなんて、信じたくないけど事実らしい。どんなに泣き喚いて駄々をこねても休業してしまう。もしかしたら、いつかまた自由に旅行ができる日々が戻り、鳳明館に泊まれる時が来るのかもしれないけど、今の私にできることはしっかりとこの眼に焼き付け、こうやってウェブ上に記録を残すことしかない。

このコロナ禍で身に染みて学んだこと。それは「いつか行こう」の「いつか」はボーッと待っていても向こうからやって来ない。欲しけりゃ今すぐ自分で取りに行くんだよ、ってこと。もちろん栄枯盛衰、諸行無常ってことは重々承知の上で。

※浴室及び館内撮影は許可を得ております。

インフォメーション

鳳明館

鳳明館本館・台町別館:東京都文京区本郷5-10-5
鳳明館森川別館:東京都文京区本郷6-23-5

※2021年5月末日より休業。残りわずかだけど宿泊以外にも日帰りプランなどもあるので運が良ければ滑り込みで利用できる。

https://www.homeikan.com/

 

プロフィール

大智由実子

2012年よりMARGINAL PRESS名義で洋書のディストリビューションを行ってきたが2017年に活動休止し、世界中の様々なサウナを旅する。サウナライターとして花椿webにて『世界サウナ紀行』を執筆する他、サウナ施設の広報も務めるなど、サウナまみれの日々を送る。のちにサウナのみならず銭湯や温泉などお風呂カルチャー全般に視点が広がり、個性強めなお風呂を探究して現在に至る。お風呂以外の趣味は昭和の純喫茶とおんぼろ大衆食堂を巡ること。

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