カルチャー

櫻井万里明は、『ハッシュ!』を観て作家としてのマンネリを脱した。

今日はこんな映画を観ようかな。vol.10

2026年2月25日

illustration: Dean Aizawa
text: Keisuke Kagiwada

毎週、1人のゲストがオリジナリティ溢れる視点を通して、好きな映画について語り明かす連載企画「今日はこんな映画を観ようかな。」。今回のゲストは、アーティストの櫻井万里明さん。紹介してくれたのは、第54回カンヌ国際映画祭監督週間正式招待された日本映画『ハッシュ!』だ。


今日の映画
『ハッシュ!』(橋口亮輔監督、2001年)

©2001 SIGLO

勝裕と直也は、ゲイのカップルだ。そんな中、勝裕は筋層内筋腫で自然妊娠が難しい朝子に、精子の提供を求められる。戸惑いながらも受け入れたカップルだったが、それぞれの
肉親や過去の問題が3人の関係に予期せぬ影響を及ぼしていく。


『ハッシュ!』を観たのはたまたまなんです。ただ、私にとっては、この世にこんなロマンチックな出合い方があるのかと思うくらいの出来事だったんですが(笑)。

 作家として活動を始めた2020年頃から、私はずっと血のつながらない家族とか、ボーダーレスな関係性みたいなことを描いてきたんですね。それは私にとってとても大事なテーマではあるんですが、だからといって、手癖で表現して、見てくれる人の気持ちを蔑ろにするような真似はしたくない。そんなことを考えていたら、’25年末に控えた個展の準備中に行き詰まってしまったんです。

 このテーマをもっと掘り下げたいと思いつつ、どう表現したらいいのかわからない。図書館に通っていろんな資料を読んでも、何かがちょっと違う。もうどうしようってとき、橋口亮輔監督の『恋人たち』がリバイバル上映されることになり、映画監督でもある夫の木下麦が、トークイベントに登壇することになったんです。それで事前に橋口監督の全作を観直していた彼の隣で観たのが、『ハッシュ!』でした。

 同性愛者の男性カップルがある女性に精子の提供を求められるというストーリーで、まさに私自身のテーマと重なる部分が多かったんですが、シリアスな作品かといえばそうではありません。カップルの男性たちが、服を交換し合っていたり、映画自体の見せ方がとってもチャーミングなんですよ。それから、橋口監督の演技指導が細やかだからでしょうが、役者の方々のちょっとした目線の動かし方だったり、一挙手一投足から心の機微みたいなものが伝わってくる。世間では重たいと思われがちな題材でも、人間が本来持つチャーミングさだったり、心の交わし方を丁寧に描けば、角張った部分がちょっと柔らかくなるんだと気付かされました。

 血のつながらない家族という、見る人が見れば「ちょっとどうしたの?」って心配されるようなちょっと角張った題材でも、もう少しチャーミングに表現すれば、薄まることなく緩やかに伝えることができる。『ハッシュ!』は、自分が掘り下げるべきことを、確信を持って教えてくれた映画なんです。

語ってくれた人

櫻井万里明は、『ハッシュ!』を観て作家としてのマンネリを脱した。

櫻井万里明

さくらい・まりあ|1996年、福井県出身。多摩美術大学を卒業後、2020年よりアーティストとしての活動をスタート。作品制作を中心に、アパレルブランドから飲料メーカーとのコラボレーションまで、多岐に渡る活動を展開している。

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