ライフスタイル

繭の時間/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.25

2025年8月30日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

幼い頃から、乗り物での移動というものが好きだ。心地よい揺らぎのなかで窓にもたれかかってぼんやり外をみたり、うとうとと柔い眠りにさそわれたり。身を乗せた箱そのものはものすごいスピードで動き続けているのに、こころは立ち止まり、憩いのボーナスをもらうような不思議な時間。移動の時間が長ければ長いほど、わたしの胸はわくわく弾む。

特に飛行機は、ひとりきりではない環境でも各々の自由なひとり時間が許された特別な空間だと感じる。見知らぬだれかと肩をならべてぎゅうぎゅうに座っていても、みんなみえない糸を引いて自分だけのちいさな繭をつくっているみたい。映画を観るひと、さくさくと仕事をすすめるひと。それぞれが繭のなかで思い思いの過ごし方をしていて、みんな”ひとり”を好きな形で味わっている穏やかな空気がいつもわたしをくつろがせる。

長時間フライトの時、この愛おしいひとり時間を惜しみなく味わうべく、わたしは紙に予定を書いて過ごすこともよくある。離陸後、1時間仕事する、1時間持ってきた本を読む、2時間眠る 、起きたら2時間この映画を観る、残りの時間は音楽を聞いてぼんやりする、といったようにだ。普段ならただただ時間に身を任せていられるのだが、飛行機に乗っている時だけは、与えられたご褒美をむだにするまい!とムキになってしまう。そしてなぜだか、仕事をするにも読書をするにも、いつもよりぐっと没頭できるのだ。地面から遠ざかり、電波も途絶えた空間でしか手に入らない自由というものが、空の上の時間にはたしかに存在すると思う。

以前、フランス行きの飛行機で座席モニターでひとり『ジョーカー』を観ていた時のこと。隣に座っているフランス人のおばさまがチラチラと、というよりむしろ食い入るように画面をみてきた。どうやらかなり興味津々なようだったので思い切って字幕をつけると、照れくさそうに笑って会釈してくれ、結局最後まで一緒に観たのだった。空の上での、たまたま隣り合わせたおばさまとの鑑賞体験。あまりにも壮絶なジョーカーの運命に、ホアキン・フェニックスの怪演っぷりに、エンドロールではつい顔を見合わせてしまった。おばさまが無音の『ジョーカー』をどこまで楽しめたかは定かではないが、言葉を交わさなくとも物語を共有できた不思議さ、生まれた一体感が妙におかしく、心がほどけたのを覚えている。それぞれの“ひとり“がときに交差し、ささやかな心のやり取りが生まれるのも飛行機時間のよさだ。

空の上にいるあいだだけの、特別な繭の時間。みんなでさまざまなかたちの“ひとり“を持ち寄って過ごし、地上に着くと散り散りに目的地へと向かう。

やわらかく穏やかな繭に包まれるために、これからも何度だって旅に出たい。

ひとこと
この前ふと思い立って”冷や汁”を作ってみたのですがさっぱり軽やかで美味しかった〜です。まだまだ暑い日々、オススメですっ

上白石的テーマソング:Here’s Where the Story Ends/The Sundays

プロフィール

繭の時間/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)、映画「366日」(25/松竹)、「イグナイト –法の無法者–」(25/TBS)」など。映画『トリツカレ男』が11月7日(金)に、映画『ロマンティック・キラー』が12月12日(金)に公開予定。adieu名義で歌手活動も行う。

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