カルチャー

長谷川剛さんの一点もの茶碗をめがけて『いとうや商店』へ。

東京五十音散策 春日①

2024年3月3日

photo: Hiroshi Nakamura
text: Eri Machida
edit: Toromatsu

東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどを
ぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「か」は蒲田に続き、春日へ。

長谷川剛さんの茶碗

 花器と茶道具かぁ……と、縁がなさそうだからって素通りしてしまうのはもったいない。文京区西片1丁目、春日駅近くにある『いとうや商店』には茶道を嗜む人にはもちろん、そうでなくても欲しくなる唯一無二の茶碗がある。

 それはここでしか買えない陶芸家・長谷川剛さんのもの。茶碗に描かれている絵が、歌舞伎座やハチ公など都内各地のシンボルに、全国の路面電車、スケートやパシュートといったオリンピック競技、きつねダンスなどとにかくバラエティに富んでいる。絵付けをする人は、決まったパターンの中から同じものを繰り返し描くのが基本だが、長谷川さんはそれではつまらないからと、同じものを極力描かず、茶室で話のたねになる一点ものの器づくりを20年前から継続。

 しかも、茶碗の3面(側面、内側、底)を使って、物語を描いているのも魅力のひとつ。桃山時代の名匠・長次郎が生み出した「黒楽茶碗 俊寛(しゅんかん)」は界隈で知られる文化遺産だが、長谷川さんはその名の由来となっている俊寛(平家打倒の陰謀を企てた罪科で島流しにされた僧都)を描写。茶碗の深い世界に縁がない人に、その面白さを絵でわかりやすく伝えてくれているわけだ。

「ショーウィンドウに新しい商品が入ると道を歩く子どもが足を止めてくれるんです」と店主の伊藤浩孝さん。歴史的、文化的背景を深掘りして描くという魅力の前に、まずイラストがクスッと笑える可愛さで、取材時も幼稚園帰りの子どもが店外の器に釘付けになっていた。こだわりの茶碗は大体月に一度新作が納品されており、長谷川さんは常に個展を開いているような気分だと言っているらしい。

 子どもが見て楽しむように、器の使い方は自由! まずは長谷川さんの茶碗を頼りに、器というカルチャーに一歩足を踏み入れてみたい。

長谷川剛さんの茶碗
「東京名所めぐりシリーズ」の茶器。浅草は、関東大震災以前までのランドマーク、凌雲閣が外側に描いており、中にはその当時のポスターに描かれていた落下傘で降りる子どもの絵、底にはスカイツリーが描かれており、新旧のシンボルが比較できる。
長谷川剛さんの茶碗「東京名所めぐりシリーズ」
このシリーズでは大学も多く描かれており、母校の茶碗を買う方も多い。
いとうや商店
両国でお店を始め、神楽坂に移り、終戦後に現在の場所へ。道路を拡張したことにより周辺のお店は変わっているが、『いとうや商店』は影響を受けず、そのまま残っている。

インフォメーション

いとうや商店

いとうや商店

大正3年創業で、今年で110年を迎える。店主の伊藤浩孝さんは4代目。お店は地下と1階、2階があり、地下には花器、1、2階には茶道具が売られている。茶道や華道をやめてしまう人が手放しにくることも多く、貴重なものも眠る。小皿や茶碗、箸や湯呑みなど日常づかいの器も販売。長谷川さんの茶碗は受注生産も行っており、自由にイラストや名前をリクエストして描いてもらうことができる。お店をオープンする友人へのギフトに利用する人が多いそう。

◯東京都文京区西片1-15-17 ☎︎03・3813・7484 9:30〜18:30 日、祝休