カルチャー
無遠慮と無節操の芸術
文・村上由鶴
2023年10月30日
text: Yuzu Murakami
写真家ほど、無節操であることや無遠慮であることを許されてきた職業ってないんじゃないだろうか、とたびたび思います。
「カメラマンなので」とか「写真家だから」などと言って、通常、一般の人が足を踏み入れられないところにずけずけと入っていき、盗むようにパシャっと撮って、それを世間にばらまくことが許され、というか許されるどころか奨励されまくっているのが、写真家です。
例えば報道の場合、特別の席に優遇され、「撮影タイム」が設けられることもあるし、報道でなくとも「撮影」という状態さえ成立させてしまえば、無遠慮に非日常的な距離まで近づくことも可能。
そして、どこからともなく現れて、こっちに興味を持ったかと思えば、満足したのか、飽きたのか、また別の被写体を求めて別の場所へ・・・と無節操であることはむしろ写真家らしい旺盛な好奇心ととらえられてきました。
このように写真家には無遠慮と無節操を許される特権が付与されているのです。
さて、その無遠慮と無節操のさきがけ的な人物として、ドイツ出身でユダヤ系であったエーリッヒ・ザロモン(Erich Salomon 1886-1944)という写真家がいます。ちなみに、ドイツ生まれのユダヤ人で1944年に亡くなっているということから、勘の鋭い人は既にお気づきかもしれませんが、ザロモンも当時の多くのユダヤ人と同様に、絶滅収容所のガス室で亡くなっています。
ザロモンは、取材対象の政治家に「会議には3つのものが必要である。数人の外務大臣とテーブルとザロモンである」と言わしめるほどで、さまざまな国際会議や裁判所に赴いては撮影を重ねていきました。
ポーラーハットに穴を開けてカメラを隠したとか、ブリーフケースを改造して隠しカメラを作ったとか、常に取材の場所に馴染むような目立たない服を着ていただとか、さまざまな逸話も残っていて、「キャンディッド・フォト(=率直な写真)」と呼ばれるスタイルを確立した写真家のひとりとしても知られていますが、わたしはあえてこの「率直」を無遠慮・無節操のスタイルと呼びたいと思います。
さて、そのザロモンが撮っていたのは政治や裁判といったシーンであり、いわゆるジャーナリズムフォトでした。それでも、ザロモンの写真が彼の死後にも何度も美術館で展示されてきたように彼のような写真家が撮った写真は、芸術的な写真としても扱われてきました。
しかし、現在では、彼を記念して作られた「エーリッヒ・ザロモン賞」を受賞するフォトジャーナリストらが撮るような写真と、美術館やギャラリーなどで見られる写真表現は、同じ「写真」でありながらも、同じ空間で展示されることは少なくなっているように思います。
いま、写真を見せる場所においてはジャーナリズムとアートの距離が広がっています。それは、前者が、情報をより広く適切に伝えることを目的にして、写真はあくまで手段として、「写真とは何か」という思考には陥らない・・・という感じであるのに対して、後者が、(自分の)写真とは何か、ということについての思索を可視化しているものがかなり多いということもあるのでしょう。
このように、ジャーナリズムフォトとアートフォトには、同じ写真でありがらも、その態度に明確な違いがあり、もしこれらが同じ空間に並べられると、見た目もかなり違うので、見る側は困惑するかもしれません。
でも、無節操と無遠慮の芸術である、という視点で見ればこの両者は共通しているのではないか、とも思うのです。
というのは、アートフォトもある意味では、「写真ってこうだよね」という社会通念や、写真と現実との距離(絵画と現実の距離に比べたら近いと思われている)を軽率に裏切っている、という点では無節操であり、無遠慮だからです。
これは、ザロモンのような、政治家や著名人や格式張った場所に対する無節操・無遠慮ではなくて「社会と写真との関係性を裏切る」ことに対する恐れのなさとも言えそうです。
先日発売された『BRUTUS』の写真特集号を読んでいても、西本喜美子、RK、遠藤文香などの写真家たちによる「実際」を裏切る行為が、むしろ、「写真の楽しみ」を生じさせているというふうに紹介されていると感じました。
いま、写真を通じて人に対する無節操・無遠慮を露骨に示すのは、プロというよりもアマチュアの写真ユーザーだと思います。「誰でも撮れる」の時代になって久しい現在、「たまたまそこに居合わせた人」が撮る写真がときにプロによるジャーナリズムを凌駕することもあるほど。「写真とはなにか」などと考えずに、とにかくその場に呼応して「撮る」ことができる図々しさを持ち合わせる人が、劇的なイメージを捕まえています。
それでも、「たまたまそこに居合わせた人」の劇的な写真が、今後、美術館で芸術としての写真(フォトアート)として展示される機会はそう多くないでしょう(もしそういう展示があったら面白いだろうと思うけれど)。
これは、芸術としての写真に求められるのが、たまたま1枚とれた写真でも、単なるずけずけとした態度でもなく、そのイメージを撮った(作り出した)人が、何に対して挑戦しているのかという問いだからだと言っていいでしょう。
というわけで、ジャーナリズムフォトであれ、アートフォトであれ、あらゆる写真を見るわたしたちの楽しみは、無節操と無遠慮の質を吟味することなのかもしれませんね。
ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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