カルチャー

映画の“嘘”について考える。Vol.2/柳澤田実

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(ポール・トーマス・アンダーソン)

2026年4月10日

lustration: Shigokun
text: Tami Yanagisawa
edit: Keisuke Kagiwada

 毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。4月のテーマはエイプリル・フールにちなんで”嘘”。2週目の執筆者は、ポップカルチャーと宗教の関係にまつわる論考などを数多く執筆している宗教学者の柳澤田実さん。ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を取り上げてくれた。

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』/柳澤田実

 嘘を扱った映画はとても多い。映画で嘘が重要な仕掛けになるのは、嘘をついている登場人物に深い陰影を与えるからだろう。嘘は、それを観る者に本心を期待させる。嘘をつく人物の微細な表情の変化を凝視しながら、私たちは、彼/彼女(ら)の感情、心の揺れを読み取らずにはいられない。俳優の力量がいかんなく発揮されるこうした場面を観ることは、映画体験として最も深い快楽の一つだ。

 嘘を語る人物をこれ以上なく魅力的に描いたポール・トーマス・アンダーソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)は、こうした「嘘つき=ペテン師」こそ、否定しがたくアメリカ合衆国の本質であることを見せつけた傑作でもある。
 本作は、20世紀初頭の西海岸を舞台に、山師ダニエル・プレインビューが、石油を掘り当て、巨万の富を築き上げる物語である。映画の大半では、文字通りどこの馬の骨ともわからないプレインビューが、裸一貫で、荒野を歩き回って油田を探し、白人の貧農たちを騙して土地を占有し、黒々とした石油を採掘していく様が描かれている。プレインビューは、強いフラストレーションと人間不信を抱え、人を騙し、利用し、経済的成功に突き進んでいく。

 ダニエル・デイ・ルイスが演じる、この強靭な「嘘つき=ペテン師」に対抗するのが、もう一人の「嘘つき=ペテン師」、ポール・ダノ演じる福音派の伝道師、イーライ・サンデーだ。20世紀初頭の大衆的伝道師ビリー・サンデーをモデルにしているイーライは、プレインビューと同様に野心を抱き、人を利用することしか考えていない。彼は、プレインビューを自分の家の敷地内にある油田へと招き入れ、引き換えに採掘場に教会を建設させ、着々と信者を増やしていく。プレインビューとイーライは、初めから自分たちが同質の「嘘つき=ペテン師」であることを嗅ぎとり、徐々にお互いを屈服させようとし始める。
 本作の白眉は、油田のある土地の地主がイーライの教会の信者であったことから、それまでキリスト教をインチキとして退けていたプレインビューが、採掘権と引き換えに、イーライから洗礼を授かる場面だ。敬虔な信者たちが見守る前で、二人は悔い改めと救いのドラマを仰々しく演じて見せる。同時にイーライはその場で、プレインビューの最も心の柔らかいところに触れ、彼が息子を捨てたことを責め立てる。嘘に満ちた茶番劇のなかで、プレインビューの、嘘ではない本物の感情が揺れ動く様は、見事としか言いようがない。

 起業家と宗教家によって、アメリカ人が理想とする「セルフメイドマン(成り上がり者)」の虚偽を描いた本作は、決して過去を描いた歴史作品ではなく、2016年以降から現在に至るドナルド・トランプが象徴する時代を先取っていたとも言われる。呼吸をするように嘘を語る人々が増えたポストトゥルース時代、嘘はもはや本心を期待させるものではなくなりつつあるのかもしれない。それでもなお嘘を語る人の表情のなかに本心を探してしまうのは、まだ自分が人間である証なのかもしれない。

プロフィール

柳澤田実

やなぎさわ・たみ|関西学院大学神学部准教授。専門は哲学・宗教学。何かを神聖視する心理を中心に、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係を研究している。訳書にターニャ・M・ラーマン著『リアル・メイキング いかにして『神』は現実となるのか』。

作品のあらすじ

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

ポール・トーマス・アンダーソン監督

20世紀初頭。山師プレインビューは、買い占めたカリフォルニアの土地で油田を掘り当てる。莫大な富と権力を手に入れたプレインビューだったが、その地の住民たちの絶大な信頼を得ている牧師イーライと激しく対立するようになり……。プレインビューを演じたダニエル・デイ=ルイスは、第80回アカデミー賞で主演男優賞に輝いた。