カルチャー

映画の“嘘”について考える。Vol.1/廣瀬純

『嘘をつく男』(アラン・ロブ=グリエ監督)

2026年4月3日

illustration: Shigokun
text: Jun Hirose
edit: Keisuke Kagiwada

 毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。4月のテーマはエイプリル・フールにちなんで”嘘”。1週目は映画ポッドキャスト『PARAKEET CINEMA CLASS』でもお馴染みの廣瀬純さんが、アラン・ロブ=グリエ監督の『嘘をつく男』を取り上げてくれた。

『嘘をつく男』/廣瀬純

 1960年代半ば、フランス人映画監督アラン・ロブ=グリエは、チェコスロバキア人作家で映画制作にも携わっていたアルバート・マレンチンの提案を受けて、スロバキア北部の高タトラ山脈にロケハンに行く。同地に戦没者記念碑が数多くあることに気づいたロブ=グリエはマレンチンから次のように説明される。「これらの記念碑が建立されたのは、戦時中に起きたことについて真実を伝えるためではありません。社会主義新国家を創設するためです。刻銘されているのは裏切り者たちの名前で、彼らが占領期に何をしたのかは誰もが知っています」。フランス第四共和政の成立に、全フランスが対独レジスタンスだったという作り話が必要とされたのと同じように、戦後のチェコスロバキア共和国再建には、ナチス・ドイツによる分割・属領化に対してチェコスロバキア全体が一丸となって闘ったという作り話が必要だった。記念碑はその一部品だということだ。

 マレンチンの説明からロブ=グリエは、「英雄」だとされている人物が実は「裏切り者」だったというボルヘスの「裏切り者と英雄のテーマ」(44)を翻案することを思い立ち、スロバキアで『嘘をつく男』(68)を撮った。興味深いのは、ボルヘスの同じ短編小説を着想源としてやはり第二次世界大戦後の国家再建を問題にした作品がほぼ同時期にイタリアでも作られたという事実だ。戦後のイタリア共和国成立は、ファシスト・イタリアが負けたのではなくパルチザン・イタリアが勝ったという作り話に立脚している。多くの若者が新左翼運動に身を投じた60年代末のイタリアでベルナルド・ベルトルッチが撮った『暗殺のオペラ』(70)は、イタリア共産党の権威を保障するものにもなっていた「全イタリア=パルチザン」神話を嘘偽りだと告発する作品だった。ヴィットーリオ・ストラーロの流麗なカメラワークに「裏切り者」の「英雄」化を再現させたベルトルッチ作品はまた、『無防備都市』(45)や『戦火のかなた』(46)によってパルチザン神話形成の一翼を担ったという点でロベルト・ロッセッリーニと彼のネオレアリズモを批判し、イタリア映画史における時代転換を図る試みでもあった。

『嘘をつく男』には、しかし、『暗殺のオペラ』と決定的に異なる点がある。ベルトルッチ作品では、ボルヘスの原作におけるのとの同様に、主人公はあくまでも真実の探求者であって、人々の話は作り話だということを真実として語るが、カフカの『城』からも着想を得たロブ=グリエ作品では、ジャン=ルイ・トランティニャン演じる主人公の語り自体も真偽判断のつかないものとなっている。作り話をする人々についての彼の語りまたは「描写」を変幻自在に際限なく増殖させるのだ。彼を「嘘をつく男」と呼ぶ作品タイトルの真偽すら定かではない。

 嘘は国家権力の礎であり、真はその権力を奪取する手段である。ロブ=グリエは嘘と真と対立の彼方にアナーキーを展望したのである。

プロフィール

廣瀬純

ひろせ・じゅん|龍谷大学教員。専門は哲学、映画批評。著書に『監督のクセから読み解く名作映画解剖図鑑』『シネマの大義』『資本の専制、奴隷の叛逆』『暴力階級とは何か』『絶望論』『シネキャピタル』など。

作品のあらすじ

『嘘をつく男』

アラン・ロブ=グリエ監督

第2次世界大戦末期、ナチス傀儡政権下のスロバキア共和国。小さな村に現れた、レジスタンスの英雄ジャンの同志だという男が、彼の妻や妹を次々に誘惑していく。監督のアラン・ロブ=グリエは、20世紀の文学界に起こったムーブメント「ヌーヴォー・ロマン」を代表する作家でもある。