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家の猫の話 Vol.24/文・ピエール瀧

2026年2月5日

家の猫の話


photo & text: Pierre Taki
edit: Ryoma Uchida

おかげさまでウチの娘も無事成人式を迎えることができました。ありがとうございます。

式当日のオイラは、朝から娘を着付けの店まで車で連れていき、着付けが終わるまで駐車場でSwitch 2の桃鉄をやりながらぼんやり待ち、「終わったよー」の連絡とともに店の前まで車を回し、華やかな振袖姿になった娘をギクシャクしながらエスコートして家まで連れて帰ってくるなど、完全なる裏方ドライバーのお父さんをやっていました。

家に帰ってくると、娘の見慣れない和装の出立ちに興味津々なのか、コロッケが娘の後をついてまわっていました。娘が「なんかコロがずっとくっついてくるんだけど(笑)」と楽しそうにしてたので、「振袖がひらひらしてるから遊びたいんじゃないの?ちょっかい出されないように気をつけなよ~」なんつって、ハレの日ならではの呑気極まりない親子の会話を重ねたりしました。

ブイヨンはというと、いつもとは違うちょっと大きなシルエットになった娘の姿に違和感を感じたのか、定番の階上の洗面台の下に潜り込む“危険が去るまで雲隠れの術”を早々にキメて姿をまったく現しませんでした。家族全員に漂っていた、“なんかソワソワして落ち着かない感じ”に敏感に反応したのかもしれません。猫ってそういうの結構嫌うんですよね。いつもじゃない感じに居心地の悪さを感じるとでも言いましょうか。

午後になり、娘を式典の会場のホテルまで車で送りました。式典が終わったあとは学校主催の記念パーティーがあり、その後は同級生の友達たちとホテルで一泊してくるとのことだったので、着替えやら何やらを詰め込んだデカいトランクも一緒にホテルのロビーまで運びました。

夕方、嫁と家に帰ってきて、親としてはミスが許されなかったミッションの一日が無事に済んだ安堵のひとときを過ごしました。オイラはテレビに繋げたSwitchで桃鉄の続きをプレイし、嫁は台所で洗い物の片付けを開始。

ブイヨンはいつものようにキッチン脇のダイニングのテーブルの下で、「ねぇ~~!ちょっと~!小腹が空いてるんですけどぉ~!ねぇ?ねぇったら~~!聞いてるの~?」と、甲高い声で謎の甘えヒステリーを炸裂させています。これはいつものことなので、嫁も洗い物をしながら「ブイちゃん、ご飯さっき食べたでしょ?」なんつって半笑いで聞き流しています。コロッケは「ま~た、ブイヨンさんあんなこと言ってる。それやっても食べ物出てこないの知ってるっしょ」といった細目の表情で、オットマンに香箱座りで静かにブイヨンを見つめています。

「んな″~う″」

突如、低く太い鳴き声がひとつだけ部屋に響きました。

自分も嫁も同時に「ん?」となり、一瞬部屋の時間がピシッと固まったかのような感覚になりました。「今の誰?」と嫁が台所から顔を出してオイラに問いかけましたが、ずっとニャ~ニャ~鳴いていたのはブイヨンだし、コロッケはその間ずっと黙って見つめていたのを自分は見ていたので返答に困りました。しかも、声が聞こえてきたのはブイヨンやコロッケがいる場所からではなく、全然別の角度から聞こえてきたからです。ブイヨンの声でもなく、コロッケの声でもない。でもなんか聞いたことがある声。

その謎の声はコンブの声にそっくりでした。野太く、喉の奥を鳴らすような響く声。しかも、その声はコンブの写真(遺影)が飾ってある棚の辺りから聞こえてきたのです。たったいちどだけ。

自分と嫁は「これはきっとコンブが娘の成人を祝って、お役御免の宣言をしに来たに違いない」という事にして納得しました。このコラムを最初から読んでくださっている方はご存知かもしれませんが、コンブ(とアズキ)が我が家にやってきた最大の理由は「大きくなるまで娘の子分を作ってやること」だったからです。……そうか、そうだよなコンブ。確かにな。

怪奇現象とは無縁の我が家で起きた初めての不思議な出来事でしたが、嫁も自分も不思議と怖いとか不気味だとかの感情は全く湧きませんでした。それどころか、懐かしくてなんだか嬉しい感情。嫁が「全然怖くないっていうか、むしろ嬉しいね」と言って、コンブの写真にろうそくを灯しました。確かに。二人でコンブの写真に手を合わせて礼を述べ、我が家の成人式の夜は穏やかに更けていきました。

プロフィール

ピエール瀧

ぴえーる・たき | 1967年、静岡県出身。1989年に石野卓球らと電気グルーヴを結成。道行く人に「あなたのオススメは?」と尋ね、その返答の通りに旅をするYouTube番組『YOUR RECOMMENDATIONS』が好評配信中。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。『地面師たち』(Netflix)、映画『宝島』(大友啓史監督)映画『ホウセンカ』(木下麦監督)のほか、5月上演予定の舞台『はがきの王様』など多数出演。

電気グルーヴ公式ウェブサイト
https://www.denkigroove.com/