カルチャー

ピエール瀧さんにインタビュー。

10年ぶり2度目。『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』刊行記念!

2022年10月19日

photo: Takao Iwasawa
text: Neo Iida

『ピエール瀧の23区23時』は、今から10年前に発売された、読むラジオのような一冊だ。舞台は東京23区の、どこか1区。ピエール瀧さんが夜の目線で街を歩き、時に自分の思い出を吐露したり、100円自販機に一喜一憂したりしながら、小さな発見を重ねていく。瀧さんの散歩を追体験できる、368Pの分厚い本だった。その『23区23時』が、なんと10年の時を経て復活!noteでの連載をまとめた『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』として、600Pにパワーアップして帰ってきたのだ。23区を再び歩き終えた瀧さんに話を聞いた。

ピエール瀧

人と会話してるから違う視点が生まれるし、長く歩ける。

ーー今回、10年ぶりの『23区23時』ですね。

テクノロジーが進化して、noteみたいなメディアが出来たこともありますけど、ひらたくいうとヒマだったからです(笑)。

ーー今度は東京以外の他の場所を歩いてみよう、とはならなかったんですね。

10年経ったし、もう一周してもいいかなって。それに、やっぱり「23区23時」がセットになってますからね。東京23区を歩いて、「23時になったら写真を撮る」っていうのがルールだから。

ーー23時の記念写真の数々は、巻頭カラーでバッチリ収録されてます。もうひとつ、前作の初回、台東区から始まった「100円自販機を見つけたら味見する」というルールも健在ですね。

そうですね。基本的には行き当たりばったりですよ。普段歩く時だって、手ぶらで、ポケットに手をつっこみながら歩けるほうがいいじゃないですか。最悪タクシーで帰ってこれるだけの小銭さえ持っていればいいし。一応「どじょう鍋を食べるから押さえておこう」っていうある程度の準備はありますけど。

ーー前作同様、情報量も凄いですよね。板橋区は高島平団地の潜入ルポになっていたり、台東区の谷中霊園でお参りしたお墓の後日談が品川区で明かされたり。一緒に歩いているライターの矢吹さんや街で出会う人たちとの会話によって、区ごとに別の物語が生まれていくのが面白いです。

人と会話してるから違う視点が生まれるし、それが情報の密度にも繋がっていくんだと思います。会話してるから長く歩けるっていうのもあるし。時間を共有しつつ、考えを交わしながら歩いたほうが楽しいじゃない。だいたい一人で歩いてて思いつくのって悪口でしょ。「きったない家!」とか(笑)。いやもちろん『23区23時』でも言ってるんですけどね。載せてないだけで。

ーー(笑)。新宿区で高田馬場付近を案内してくれた作家の本橋信宏さんみたいなスペシャルゲストがいることもあれば、台東区の上野公園にいたスケーターの子とか、墨田区のねずみ小僧の墓近くで出会ったファンの方とか、そのバッタリ感もいいですよね。

夜中にウロウロしてる人って、仲間意識とまではいかないけど、こっちもこっちならそっちもそっちっていうか、お互い様みたいなところがあるんだよね。昼だからできること、夜だからできること、あると思うんです。モードが違うというかね。

ーー10年ぶりに歩いてみて、いちばん変化を感じたのはどの区でしたか?

渋谷がすっかり知らない街だもんね。若い人たちにとっては今の渋谷が“ファースト渋谷”でしょ? 昔と比べても違うし、10年前と比べても全然違うから面白かった。

ーー前作の渋谷区では、京王線初台から幡ヶ谷までを森山直太朗さんと歩いていましたよね。雀荘に行ったり中華『ニーハオ』に行ったりして。本作では明治神宮前から始まって、コーポオリンピア、宮下パーク、そして広尾方面へとかなり広範囲に歩かれています。

ちょうど宮下パークがオープンしたばっかりの時期でね。どの順にビルができていったかはわからないけど、完成に向かっていってた気がしますよ。この10年でアップデートされた街っていうと、やっぱり渋谷区じゃないですか。

ーー印象に残った区はどこでした?

墨田区の両国のあたりかなあ。ねずみ小僧の墓があるように、江戸風情のノリが残ってて。隅田川には多摩川とか荒川とはまた違う、ウォーターフロントの香りもあったりしてね。落ち着いてていい街だったなあ。

ーー前作の墨田区では向島や、東京スカイツリー開業前の業平橋あたりを歩いてましたね。東京の夜の雰囲気というのは変わってないですか?

まあ夜なんでねえ。夜の散歩の利点って、視界が限られることなんですよ。半径15mくらいのドーム型レーダーの中に入って歩いてる感じ。そのセンサーのまんま住宅街を歩くから、気づくこともあるっていうか。

ピエール瀧
撮影場所: 古本と音楽 ムジンレコーズ

19歳で上京して始めた、フィールドワーク。

ーーもともと、瀧さん自身で散歩するのが好きだったんですよね。

うん、散歩っていうか徘徊?

ーー徘徊(笑)。どんなきっかけで始められたんですか?

19歳で東京に出てきて西新宿に住んだんですけど、アパートのまわりを「どんな街なん?」って歩いたのが最初です。要するにフィールドワークですよね。この路地をいったら何があるんだろう、お風呂屋さんだ、さすが東京! とかね。静岡にはお風呂屋さんがなかったから。それが楽しくなって、引っ越すたびにあちこち歩いて。みんなもやるでしょ? なんだ、こっちの『まいばすけっと』のが近えじゃん、て。そういうのが楽しくなってきちゃって。

ーー引っ越ししたらやりますね。

さらに夜だと独り占め感もあるんですよね。明るいと曲がりづらい狭〜い路地も、夜だと貸し切りみたいな感覚で、「はい俺ゾーン!」ってどんどん行けちゃう。それを繰り返してたんです。まあ趣味なのかなあ。安上がりでいいですよね。

ーーひとりで歩く時は音楽を聴きながら?

いや、無音で歩くことが多いですかね。暗くて狭い民家の間を歩いてると、壁から爆音が漏れ聴こえてきて「バカでっかい音でAMラジオ聴いてんなあ!」とかあるじゃん。もう夜中の2時半だよ? って。

siri すみません、よくわかりません。

あ、siriが反応しちゃった(笑)。そういうのも含めて景色がドラマチックに見えたりもするし。街 VS 俺って感じで。「よし、健康ウォーキング!」っていうんならイヤフォンして歩くけど、探索だからね。センサーは一個でも多いほうがいいでしょ?

ーーなるほど! 確かに夜の音っていうのも意識を向けると魅力的ですね。瀧さんはYouTubeの『ピエール瀧 YOUR RECOMMENDATIONS』でウラジオストクや徳島、奄美大島に訪れていますけど、海外や地方でも探索はしますか?

しますよ。ロケで泊まったホテルの周りとかね。

ーー歩いてみて、地方と東京の違いはあります?

東京のほうがルートを複雑にできますよね。地方だと幹線道路ドン! 田んぼドン! っていう感じで街が地続きに繋がってないけど、東京は街と街とのあいだにも住宅地や公園があってみっちり埋まってる。だからジグソーパズルの線を辿るように町を歩けるんです。地方の場合、そのパズルのピースがちょっとでけえっていうか。だからルートもある程度固定されちゃうけど、東京は無限にルートを組める。

ーー歩いていて飽きることがないわけですね。瀧さんは日頃、どんなふうに歩いてらっしゃるんですか?

友達とレストランとか飲み屋に行って、解散したあと「歩いて帰れるな」って。本郷から世田谷まで歩いたことありますよ。3時間半かけて。

ーー3時間半! 本郷から世田谷って相当な距離ありません?

でも、ウォーキングみたいにピッピッと歩く感じじゃないから。結果的に健康にも繋がってるだろうけど、こっちはダラダラ歩きたいから。だって街を徘徊したいだけなんだもん。本郷だったら水道橋通って、九段下抜けるよなあ。どっち回る? 新宿の表回る? 裏回る? 青山のほうもいけるじゃん、て。

ーーそうやってルートを組んでいくわけですね。グーグル・マップを見たり?

うん。全然わけわかんねえなあってなったときは見ますよ。あ、あとね、『ピクミン ブルーム』やってます?

ーーあ、最初入れて、ピクミンを育てて、最近はあんまりでした……。

あれ、歩いたルートの色が変わるじゃないですか。マップ上にある白い雲が晴れていく。ここから青山まで歩いたら、その部分の雲が晴れて歩いた記録が残るでしょ。そうやってアプリに履歴が残るのも面白くて。だから飲み屋さん行った帰りは『ピクミン ブルーム』を立ち上げて、マップ拡大して、「ここはまだ行ってないな、よしあそこを曲がって……」みたいな感じで帰る。

ーーピクミンを育てることばっかり気にしてましたけど、お散歩アプリとして使うと歩くルートが可視化されるわけですね。

そうそう。案外、普段歩くルートって決まってるんだよね。だから近所にポコッと雲がかかってる場所があると、「これはなんだ!?」って気になって確認しに行ったりするわけ。マップの雲が晴れていくと、なんていうか気持ちいいじゃんか。

ピエール瀧
撮影場所: 古本と音楽 ムジンレコーズ

まずは自宅を目指して歩くべし!

ーーその気持ちでもう一回やってみます! まだ徘徊初心者のポパイ読者に、散歩のアドバイスをいただけますか?

ポパイの読者かあ。そうねえ、買い物好きじゃん、みんな。オサレなショップで買い物するじゃない? オサレな。

ーーしがちですね。

原宿でも渋谷でも、どこかお店に行って楽しんだら、一回家まで歩いて帰ってみ? って感じかなあ。動機なく「歩け!」って言っても「何が面白いんですかそれ?」ってなっちゃうけど、「家に帰る」っていう理由があれば歩くじゃん。くじけたらLUUPでもタクシーでも乗ればいいんだし。

ーー歩いてみたら、目的地と自分の家が地続きなことがわかってきますもんね。

そう。「こんなとこに神社あんじゃん」とか「バス5台も停まってる!」とか「何この宗教施設!」とかいろんな発見があるからね。

ーー意外とありますもんね、謎の施設。

楽しめるかどうかは、まず一回やってみてじゃない? 向いてねえなあと思ったら無理することないし。

ーーまずは自宅を目指すところから、ですね。最後に、本がさらに分厚くなってるんですけど、瀧さんが考える読みどころはどこでしょう。

2年くらいnoteで連載をやってきたんですけど、大の大人が毎回5〜6時間歩いてるんで、そういう重みにもなるよなって。『電気グルーヴのメロン牧場 – 花嫁は死神 – 』もそうですけど、暇つぶしに、便所で読んでほしいですね。「一区ひとウンコ!」的な感じでね。「勝負だ!」って。

ーー私も教えを守って『メロン牧場』はトイレに置いてあります。

そうなんですよ。じっくり読むものじゃないんです。あと持ち歩ける重さじゃないでしょ。便所に置いておけば、暴漢が入ってきた時に武器になるかもしれない。あるいはこれを貫ける出刃包丁なかなかないと思うんで、防具にもなる。薪としてもいけますね。

ーー素晴らしいです。サードシーズンのご予定は……?

僕としては何周してもいいんですけど、ある程度時間を置いてからのが面白そうですもんね。そうなると10年後? 65歳になるのか。まあ全然いいですけどね。徘徊しますよ。

インフォメーション

ピエール瀧の23区23時

ピエール瀧の23区23時 2020-2022

2012年に刊行された『ピエール瀧の23区23時』が復活。「23時になったら写真を撮る」「100円自販機を見つけたら興味本位で味見する」のふたつのルールを軸に、「無駄こそ宝」が信条のピエール瀧が、2020年から2022年まで夜の23区を歩き続けた全記録。無駄足を踏み、時間の無駄をし続け歩いた先に見えてきたものとは?巻頭カラー24ページを含む全600ページ。¥2,530/産業編集センター

プロフィール

ピエール瀧

1967年、静岡県生まれ。1989年、石野卓球らと電気グルーヴを結成。音楽活動の他、俳優、声優、タレント、ゲームプロデュース、映像制作などマルチに活動を行う。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。電気グルーヴとしての近著に『電気グルーヴのメロン牧場――花嫁は死神7』(ロッキング・オン)。YouTubeで『ピエール瀧 YOUR RECOMMENDATIONS』配信中。