ライフスタイル

家の猫の話 Vol.1

執筆: ピエール瀧

2024年3月5日

家の猫の話


photo & text: Pierre Taki
edit: Ryoma Uchida

過去2度にわたり、月一限定コラムコーナー「タウントーク」にて連載した、ピエール瀧さんによる『家の猫の話。』が新連載としてリニューアルスタート!

今現在、我が家で暮らしているコンブ、ブイヨン、コロッケの3匹の猫たち。そのうち、我が家に最初にやってきたのが黒猫のコンブ、もう16年も前のことです。

コンブが我が家にやってきた時、彼はまだ小さな子猫で、しかもアズキという同じく黒猫の妹猫(多分)と一緒でした。

このアズキ、とても人懐っこい猫で、特にオイラにとても懐いてくれました。
なぜかキャベツの千切りやほうれん草のお浸しといった青い野菜が好物で、オイラが食事をしていると、「あのシャキシャキしたやつをちょいと分けてもらえませんかね。ていうか早く頂戴」と、オイラの太ももに前足の爪を食い込ませて分け前を催促したりするのでした。なんと可愛いことよ。

そんなアズキですが、ある日突然我が家から姿を消してしまいます。

当時リビングにあったソファーを新しいやつに買い替えることになり、搬入業者が古いソファーと新しいソファーを入れ替えにやってきました。
オイラは業者の人に「ウチには猫がいるので玄関のドアを開け放しにして作業しないでください」とお願いをして、作業の行方を所在なく見守っていました。コンブはビビりなので、知らない人を警戒し、さっさと上階の洗面所の下に潜り込んで怯えながら時が過ぎ去るのを待っていました。

業者が悪戦苦闘しながら古いソファーを家の外に運び出し終わり、ようやくソファーを道端に置いたその瞬間、突然ソファーの中から黒い影が飛び出してプロック塀の向こうに消えて行きました。その影がなんとアズキだったのです。

アズキは知らないおじさん達が家の中に入ってきた事に警戒心を抱き、ソファーの下部分からソファー内部に潜り込んで息を潜めていたのです。ソファーを運び出している間、業者のおじさんもオイラも中に猫が入ってるとは夢にも思っていませんでした。

オイラは「あっ!」という声と共に玄関を飛び出してプロック塀に駆け寄りましたが、そこにはもうすでにアズキの姿はありませんでした。痛恨。

夜になって帰宅した嫁と娘に、オイラはことの成り行きを説明しました。2人はオイラを責めるようなことは一切せず、一緒に懐中電灯を持ってアズキを探してくれました。しかし、どこにもアズキの姿はありませんでした。

翌日に猫探しの業者に連絡を取り、周辺を数日間捜索してもらいましたが、結局手掛かりはゼロ。
一方オイラは、ご近所さんのお宅を一軒一軒訪ねてお願いをし、家の縁の下、庭の隅や軒下、物置の陰などを探させてもらいましたが、痕跡すら見つけることができませんでした。

アズキ失踪の責任を強く感じたオイラは、それから1ヶ月の間、猫のカリカリのケースを鳴らしながら毎晩近所を探して歩きました。「アズキ〜」と名前を何度も呼びながら。長野オリンピックでスキージャンプの原田がジャンプ台の方を振り返って「船木〜」と呼んだあの声のトーンの感じで。

それはきっと近所のひとにしてみたら不気味な光景だったことでしょう。でっかいおっさんが猫のエサをジャコジャコ鳴らしながら、原田のトーンで夜な夜な近所を徘徊してるのですから。自分が逆の立場だったらまず間違いなく警戒しますもん。

結局アズキと再会することは二度とかないませんでした。10数年経った今でも、暗闇から猫が飛び出してくると「ひょっとしてアズキかも」と思ってしまう自分がいます。

怖い思いをさせてしまってすまなかったね、アズキ。本当にごめんよ。

プロフィール

ピエール瀧

ぴえーる・たき | 1967年、静岡県出身。1989年に石野卓球らと電気グルーヴを結成。道行く人に「あなたのオススメは?」と尋ね、その返答の通りに旅をするYouTube番組『YOUR RECOMMENDATIONS』が好評配信中。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。3月1日(金)より、主演を務める映画『水平線』が全国順次公開中。

電気グルーヴ公式ウェブサイト
https://www.denkigroove.com/