カルチャー
『世界のカバン博物館』で知った、カバンの歴史と〈エース〉の歩み。
東京博物館散策 Vol.12
photo: Hiroshi Nakamura
text: Fuya Uto
edit: Toromatsu
2025年7月2日
初の純国産スーツケースは〈エース〉社の「デボネア」だった。
どこにいても頻繁に目にするキャスター付きのスーツケース。昔の映画を観ているとかつてはボストンバッグが主流だったように思うが、いつからその存在は加速していったのだろうか。台東区駒形に『世界のカバン博物館』というミュージアムがあるのを知ったので、何か情報が得られるかもしれないと出向いてみることにした。
2010年にリニューアルをしているが、めちゃくちゃ老舗のこの博物館。様々な革に触れられたり、昔にワニを12匹使って作られたという凄まじい革カバンなんかもある。
上左/カナダの先住民族が薬などを入れて持ち歩いた「メディスンバッグ」。留め具部分は手と水のモチーフのシルバーが装飾されている。
上中/質実剛健な印象があるドイツのビジネスバッグは、異常に中が仕切れるストイックな仕様。1980年代頃のもの。
上右/西洋文化が流入した文明開花の頃、正礼装(燕尾服やモーニングコート)を着用するときに必須だったシルクハットの専用携帯カバン。
下左/’60〜’70年代に一世を風靡し、推測2000万本を売り上げたマジソン・バッグ。現在の天皇陛下も学生時代に愛用していたとか。
下右/イタリアのコーナーには、テニスラケットのホルダーが付いた牛革製のバッグが。余暇の時間も気を抜かない姿勢がよく表れている。
なんと1975年から続いているというここは、日本のカバン産業の礎を築いてきたメーカー〈エース〉が運営する私設ミュージアム。民族モノに、ハット用や、カラー(詰襟)用カバン、テニスラケットケース付きカバン、古いランドセルに、アントニオ猪木が若き日の武者修行で使っていたカバンまで、創業者の新川柳作氏が世界各地をリサーチする中で収集した私物を中心に、あらゆる“持ち運ぶためのもの”を約700点収蔵している。
それらに目移りしてしまうけど、「まずは年表をじっくり見てみて欲しい」と学芸員。この博物館の魅力はあくまで〈エース〉の歴史ではなく、カバンそのものの歴史を学べるスタンスを貫いているところにあるようだ。起源が古代ヨーロッパの馬具に遡ることや、19世紀に蒸気機関車が生まれ長距離移動が可能になり旅行カバンが生まれたことも記されている。カバンの歴史は人々の“移動の仕方”とともに進化していったのを知ることができた。
「カバンとは時代を映す鏡のようなもの。日本のスーツケースの歴史においても、1964年に海外旅行が自由化されたことが大きな転換期となりました。当時の輸入品は非常に高価だったのですが、新川柳作が1967年に日本人でも気軽に使えるようにと『デボネア』を発売。アメリカの大手ラゲージメーカーを単独訪問し、技術提携を結び自社で生産する仕組みを整え、辿り着いた日本初の国産スーツケースなんですよ」
その後、体格が小柄な日本人でも使いやすいようキャスターを付けるなど、改良を重ねたのだそう。ちなみに日本で初めて横文字をプリントしたボストンバッグといわれる同社が生み出した昭和の名品、通称「マジソン・バッグ」が発売したのが翌1968年。ボストンバッグこそクラシックと信じていたのに、キャスター付きのスーツケースもとっくの昔から市民権を得ていたものだったのだ(!)
この博物館があくまで世界のカバンに焦点を合わせているのは、日本においては自社のカバンに触れざるを得ないことが明確だったからなのかもしれない。むしろ〈エース〉の歴史をもっと知りたくなると、上のフロアに『新川柳作記念館』があるというから抜かりがない。まさにカバンの歴史に〈エース〉あり。両館入場無料とあって大満足で帰ろうとすると、ビルのエントランスに新川氏と交流が深かったという岡本太郎のモニュメントを発見。次にスーツケースを買うなら〈エース〉のものでいこうと固く心に誓った。
インフォメーション
世界のカバン博物館
◯東京都台東区駒形1丁目8−10 ☎︎03•3847•5680 10:00~16:30 日・祝・年末年始休(※定休日以外に休館する場合もあるため要確認)
戦時中に牛革の代用品として用いられたウナギや魚の皮のカバンなど、時代背景を色濃く反映したユニークな素材のものもずらりと並ぶ。また、革製品が食肉産業の副産物であり、手入れをすれば長く使える素材であることを伝える企画展示エリアや、スーツケースの製造工程を紹介するコーナーもあり、実際の現場についても深く知ることができる。そんな7階がメインフロアで、上の階『新川柳作記念館』では〈エース〉の歴史も勉強できる。個人的にはジャパンメーカーの誇りを感じられる後者が上を行く楽しさだった。
Official Website
https://www.ace.jp/museum/
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