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子供はわかってあげない/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.17

2025年3月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

ふと、昔の出演作を見返したくなる瞬間がある。なんとなく自信をなくした時、自分の現在地を見失った時、逆にとてもハッピーで満ちている時、などさまざまだ。

今回のそれは、ある休日の朝、目を覚ました途端に小さなエジソン球がぴかん、と瞬くようにやってきた。なんか、『子供はわかってあげない』が観たい。それもいますぐにだ、と。わたしはカーテンから漏れる新鮮な朝日なんか気にも留めず、ベッドから起き上がると、リビングルームへ向かった。

『子供はわかってあげない』は4年前(もうそんなに経つのか…)の2021年に公開された、沖田修一監督の映画だ。原作は田島列島さん。わたしは撮影当時は19歳で、ラストティーンの全てを焼き付けた作品と言える。わたしは水泳部の朔田美波(さくたみなみ)を演じており、ずっと屋外プールと海を泳いでばかりいたので、肌をこんがりと焼いていた。健康的な印象に少しでも近づくべく、日サロにも通っていたっけな…。すこし大人になった今では考えられないような、野生的で猪突猛進な走りかたをしていたあの頃の自分が愛おしい。

真夏のプールサイドでお尻をあちちとやけどするような熱を帯びており、誰もが胸にそっと秘める”ストレンジ”を微笑ましく、そして切実に描いている作品だ。

観るのは公開初日、映画館にひとりで観に行った以来。なんとなく、そわそわと落ち着かない面持ちで正座で再生ボタンを押す。「魔法左官少女バッファローKOTEKO」(わたし演じる美波が愛してやまないアニメ。あまりにも唐突な始まりかたなため、入るスクリーンを間違えた!と焦って席を立ってしまうお客さんもいたらしい。わかる。)が流れたのち、デデン!と自分の顔がテレビに映る。

やっば! わたし、顔、まるっ!!

当時19歳、しかも大河ドラマのアスリート役で体重を7kg増量していた直後の作品だったため、ぷりんとうつくしい珠のようなかたちの顔、たくましいふくらはぎが愛らしくて、ついついフフフと笑ってしまう。この頃はかなりのコンプレックスだったが、時が経てばゆるせてしまえるものだね。6年前の自分を、我が子のように目尻を下げながら見つめた。

大好きな沖田監督のユーモアあふれる台詞とみずみずしい画に、目と心をどんどん奪われてゆく。ええ、この映画、わたしの好きなものしか詰まっていないじゃん。なにこれ、当時のわたし、羨ましすぎる。
無我夢中の只中にいる時、そのことの眩しさに気がつかないように、当時のわたしも目の前で起こっていることのとんでもなさをじゅうぶんに理解できていなかった。

画面の中の、笑けてくるほどあっけらかんとした肩の力の抜け切った自分。恐ろしい。なんだか、その無自覚さ、無責任な軽やかさを青春、と呼ぶのかもしれないと25歳になったいまぼんやりと思う。

わたしのいちばん好きなシーンはやはりラストシーンだ。真面目になればなるほど笑いが止まらなくなる美波の目を、細田佳央太(ほそだかなた)さん演じるもじくんが手で覆う。ようやく想いを伝え、手が外れ視界が明るくなると、ブワッとわたしの目から溢れる涙(ここの佳央太くんの表情とても素敵)。わ…昔のわたし、すご。たぶんこれワンテイクで撮ったな。今の自分じゃヒイイと逃げてしまいそうな場面を、19歳のわたしはスキップでもするかのようにやってのけていた。でもこれはきっと、監督の愛と、チーム全体の愛に包まれた証なのだな。演じるというより、息を吸い込むように役を生きていたこの頃の自分を、とても羨ましく思う。

19歳のこんがり焼けたショートカットの少女は、たしかに映画という光のなかを生きていた。魚のようにみずみずしく軽やかに、夏を全身に焼き付け、凛と佇んでいた。

こんなふうに自分の作品を自分で認めることはすごく難しい。けれどこの作品は、この先の人生のどのタイミングで観ても、わたしを真昼の日差しのように強く照らし、勇気づけてくれるだろう。こんな宝物をくれた沖田監督には、一生かけても感謝しきれない。

そして当時は許せなかった自分の造形やお芝居や何もかもを、こんなふうに抱きしめたくなる日が来るなんて。自分というもの、また作品というものは、時間をかけてじっくり完成されてゆくものなのかもしれない。だから焦らずに、毎日毎秒着実に自分という物語を積み重ねていたいものだ。

これからも、ふとした時に自分で自分を救うことができるような、そして誰かの人生の中で、ほんのりかわいく咲くことのできるような、そんな作品づくりに携われてゆけたら、とても幸せだ。自分より長生きする、血の通った作品を残すのだ! かならず!

忘れられない遠いあの夏に思いを馳せた、そんな朝だった。

(C)2020「子供はわかってあげない」製作委員会 (C)田島列島/講談社

ひとこと
先日わたしの好きな沖田監督の作品『南極料理人』を見返した。ほほえましく、切実で、ついお腹が鳴った!『子供はわかってあげない』と合わせてみてみてねっ

上白石的テーマソング:牛尾憲輔「夏への予感」(映画『子供はわかってあげない』オリジナルサウンドトラックより)

プロフィール

子供はわかってあげない/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。映画『366日』が大ヒット公開中。 映画『パリピ孔明 THE MOVIE』が4月25日に全国公開。adieu名義で歌手活動も行う。

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