フード

チベット料理店『チベットレストラン&カフェ タシデレ』/異国の店主と土地の味。Vol.31

インタビュー・土井光

2024年7月14日

異国の店主と土地の味


interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム。

『チベットレストラン&カフェ タシデレ』店主のロサン・イシさん。

土井光(以下、土井) チベット料理は初めていただくので、わからないことだらけで……。まずは主食のことから聞いてもいいですか?

ロサン・イシ(以下、ロサン) チベットは平均高度4000mで作物が育たない乾燥した高地なので、低地から運んできた大麦と小麦がメイン。大麦を炒って石臼でひいて粉末にした「ツァンパ」が主食です。お粥やシチューなどにもしますが、バターと塩と牛乳が入った「バター茶」というお茶で練って団子にして食べることが日常的。朝も昼も夜も関係なく、いつでも食べます。食卓では、バケツみたいに大きい器にツァンパが入っていているので好きな量だけとって作り、遊牧民はツァンパを革の袋に入れて持ち歩き、目的地に着いたらお茶を沸かして作るんです。

自分で作るツァンパセット(¥1,500)。付いてくるのは、自家製ツァンパとバター茶、チュラ(乾燥させたヤクのチーズ)、バター。ロサンさんが作り方を教えてくれた→

お皿に入ったバター茶に、バターを入れて潰す。

バターがある程度溶けたら、ツァンパとチュラを入れる。

そして片手で捏ねる。はじめはゆっくり、途中からスピードアップ。

全体が混ぜ合わさったら、掌いっぱいに持ってギュッと握る。

完成! チベット人のソウルドリンクであるバター茶と一緒にいただく。

土井 ホロホロ感とねっとり感があり、日本でいうと、きな粉を固めたようなテクスチャーですね! 肉や野菜だと、どんなものを食べられるんですか? 

ロサン 肉なら、ヤクや羊が多いです。野菜は、高地ではほとんど育たないので、低地で作られたじゃがいもや大根などを手に入れます。調理するときはスパイスはあまり使わず、基本は塩のみで、香辛料は使ったとしても唐辛子くらい。食材も味付けもすごくシンプルですよ。ただ、本来のチベット料理をそのままレストランのメニューにするとあまりにも質素なので、日本で手に入る材料や調味料を使ってアレンジしたものをお出ししています。

もちもちの手作り皮に粗挽きの牛肉を包んで蒸した、チベット風餃子「モモ」。サラダとスープ付き¥1,500

子羊肉と米の自家製腸詰め「ラムギュマ」(¥1,500)。ツァンパで作ったオリジナルの爽やかなクラフトビール(ボトル¥1,300)との相性が最高だ。

薄切りの子羊肉と野菜のピリ辛炒め「ラム シャプタ」(¥1,500)。チベットでは、シンプルな蒸しパン「ティンモ」(1つ¥350)と合わせて食べる。

手延べ麺と豚肉と野菜を一緒に煮込んだチベット風すいとん「ポーク・テントゥク」。「豚汁みたいで懐かしさを感じる味」と土井さん。¥1,300

チベットのお酒呑み比べセットもある。ヨーグルトにラム酒を入れた甘みのある「ショ・チャン」、自家製の乳清をウォッカで割り酸味のある「チュルク・チャン」、甘酒のようにまったりとしたお米ベースの「デ・チャン」の3種類。¥1,350

土井 どれも香ばしいけれど辛さはない優しい味付けで、とても食べやすいです。日本人は好きな方が多い気がします!

ロサン あと、ワタシはネパール生まれ南インド育ちの亡命2世なので、カレーやダールなどのインド料理もメニューに入れています。なんでインド料理? って不思議がる方も多いですが、故郷を知らずに育ったチベット人にとってはインドやネパールの食事が第二のソウルフードなんです。

土井 日本では、亡命のことなどチベットの話を知る機会が少ないので、ロサンさん自身の生い立ちも交えてチベットのことを教えていただいてもいいですか?

ロサン もちろん。でもすべて話すと複雑なので、とても簡潔にお話ししますね。1959年に、中国領になることに反発したチベット人が中国軍と衝突した「チベット動乱」が起こり、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世がインドに亡命しました。そして、多くのチベット人も故郷を離れたんです。ほとんどが近隣のインドやブータン、ネパールに亡命し、ワタシの両親もヒマラヤを越えてネパールに行きました。特に同じ仏教国のインドは難民の受け入れにとても寛容で、北部のダラムサラはダライ・ラマ14世を迎え、南部にも居留地を何箇所か作ってくれました。なのでワタシは、チベット人として南インドで生活することができたんですね。

店内に飾られているダライ・ラマ14世の写真。

土井 山を越えて逃げるとは、想像を絶するストーリーですね……。でもそこからロサンさんは、さらに遠く離れた日本へなぜいらっしゃることになったんですか?

ロサン 最初は僧侶の仕事として来日しました。チベット人が多く住む南インドでは、チベットの首都・ラサにあった代表的なお寺が1970年代に再建されて、ワタシは小さい頃からそこで僧侶をしていたんです。そのうち広島にお寺の支部ができたので、1年間派遣されることになり、日本にやってきました。その後、僧侶は辞めたのですが、ワタシはまた日本に戻って東京に住むことにしました。アルバイトをしながら、時々開催される国際交流イベントなどでチベット料理を振る舞ったりしていく中で、いつでも誰にでもチベット文化を伝えることができるレストランを作りたいと思うようになって。それで、2015年にお店をオープンしました。

土井 はじめは出張的な感じで日本にいらしたんですね。でも、料理のお仕事に就いていたわけではないのに、異国で飲食店を経営するのはなかなか大変だったんじゃないですか……?

ロサン お寺ではみんな順番に料理当番がまわってきて僧侶2000人分の食事を作っていたので、厨房での動き方などは幼い頃から身についていました。料理をすること自体、昔から好きでしたし。

チベット仏教のお経が書かれたカラフルな旗「タルチョ」などが飾られた賑やかな店内。チベットの言語教室や医学講座、音楽のイベントなども定期的に開催している。

「タンカ」と呼ばれるチベット仏教の仏画も。

ネパールやインドのチベット文化圏へお客さんと一緒に行くツアーにも取り組んでおり、その際に買い付けてきた雑貨も販売している。

土井 2000人! それはどんなレストランで働くよりも勉強になりますね。なんだか、こうしてご飯を食べるだけでもチベット人の生活スタイルが見えてきて、楽しく文化交流ができた気分です。チベットに行きたくなったら、まずはここに来ることをおすすめしますね。

ロサン 現在のチベット自治区に残っている人たちは、巨大な国の影響を受けて本来の文化や生活がどんどん薄れていってしまっている一方で、ワタシみたいに亡命して外で暮らしているチベット人は自分たちのことを発信できる立場にありますからね。レストランを通して、もっとたくさんの方にチベットの文化を伝えていけたら嬉しいです。

土井さんからのコメント。「チベット、インド、ネパールといった様々な文化が入り混じった生い立ちのロサンさんですが、日本という遠い国に柔軟に馴染んでチベットの文化を素敵に発信していらっしゃいました。チベット料理以外にも地域の特徴や情勢をたくさんお聞きすることができ、本当に勉強になりました。この連載ももう31回となりますが、まだまだ知らない文化があると痛感。もちろんお料理も素晴らしく、優しい香りと味のチベットのお料理はなんとなく懐かしい気分にさせる、日本の味に近しい味でした。モモやティンモなど小麦粉を使った料理はとても食べやすく、家族で楽しめるレストランです。チベット文化を総合的に発信している東京のパワースポット、是非みなさん一度足を運んでロサンさんの素敵なお人柄と美味しいお料理を体験してください!」

インフォメーション

チベット料理店『チベットレストラン&カフェ タシデレ』/異国の店主と土地の味。Vol.31

チベットレストラン&カフェ タシデレ

◯東京都新宿区四谷坂町12-18 四谷坂町永谷マンション1F ☎︎03・6457・7255 11:00〜15:00・17:00〜22:00(土・日は通し営業) 無休※年末年始は除く

今回取材した店主の故郷について

チベット

◯年間を通じて一日の気温差が激しく、乾燥して日差しが強い。
◯「世界の屋根」とも呼ばれる。
◯チベットはもともと、アムド、カム、ウ・ツァンの3つの地域からなる。
◯ウ・ツァンにある首都・ラサはチベット仏教の聖地で、ダライ・ラマの宮が。
◯現在はアムドとカムは中国の別の省に合併されて、「チベット自治区」と呼ばれるのはウ・ツァンとカムの一部だけ。
◯チベット語で美味しいは「シンボ・ドゥ」。