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こんな仕事があったのか!/Sony編 Vol.2
No.02: コミュニケーションデザイナー 参木玲子さん
2022年11月30日
illustration & cover design: Masaki Takahashi
photo: Jack Orton
text: Neo Iida
edit: Kyosuke Nitta
ソニーのデザイン室として1961年に設立された、クリエイティブセンター。多くのデザイナーが人気製品のプロダクトデザインを手掛ける他、エンタテインメント、金融、アートの分野まで、幅広くデザインの可能性を追求している。
「こんな仕事があったのか!Sony編」は、ヴェールに包まれたクリエイティブセンターにPOPEYEの捜査官が潜入し、最前線で働くデザイナーからあれこれ話を聞くスペシャル企画。第2回に登場するのは、空間デザインを手掛ける参木玲子さん。これまで国際コンシューマ・エレクトロニクス展(IFA)や技術見本市のCES、そしてミラノデザインウィークのブースやオフィス空間まで、様々な会場を彩ってきたコミュニケーションデザイナーだ。ブランドの魅力を引き出し、人々に届けるという大事な役割を担うコミュニケーションデザインという領域で、参木さんはどんなことを大切にしているんだろう。休暇ではギリシャの岩の上の修道院まで出かけるという、アドベンチャーなプライベートにも迫った。
プロダクトと消費者を繋ぐ、コミュニケーションデザイン。
「大学を卒業したあと、すぐに社会人になりたくなくて研究室に残ったんです。教務補助の仕事をしながら、作品を作ったり展示を行ったり。そのあと時計メーカーにデザイナーとして就職して、プロダクトデザインを担当しました。商品企画も経験させてもらって、7年ほど勤めた頃に辞めて半年くらい海外を回ったあと、2014年にソニーに入社しました」
ふむ、今回の捜査対象はイギリスのデザインセンターで働いている参木玲子さんか。たまにはこういうリモート捜査も悪くないね。そもそも、ソニーに入ろうと思ったきっかけは?
「前職の時計メーカーで、日本のものづくりのきめ細やかさは他にないと感じていたので、次に働くのも日本の企業がいいなと漠然と考えていました。あと、海外をバックパッカーで回っていた頃、どんな僻地に行っても『Sony』の企業ロゴが目に入ったんです。不安なひとり旅だったからすごく勇気づけられたし、日本人として誇りに感じて。そういう潜在的な憧れもあったのかもしれません。でも、直接的な理由としては、前の会社では、自分がデザインした製品が、どういう形で世に出るかを考えるのは、デザイナーの領域ではなかったんです。なので『あれ、私こういう感じでデザインしたわけじゃなかったんだけどな』って戸惑うことも多くて。もちろん、それぞれの担当の考えがあるので、どれが正解というのはないのですが、純粋にデザイナーの気持ちとしてはモヤモヤすることがあったんです。そんな時にソニーのコミュニケーションデザイナーの募集を見かけて、もしかしたらこのモヤモヤを解消できるポジションなんじゃないかなと思ったんです」
なるほど、作ったプロダクト、サービスのその先をデザインするのが、コミュニケーションデザインということか。具体的には、一体どんな仕事なんだろう。
「ブランドと消費者のあいだの橋渡しのような役割を担っていると思っています。例えば商品が完成した時に、その商品が持つイメージをどうやって消費者に届けるかを考えるのが仕事ですね。わかりやすいものだと、ロゴやパッケージのデザイン。製品の世界観を考えたり、ショーや展示会でどういうブースを作ったらいいかを考えたりするのもコミュニケーションデザインの領域です。今の私の仕事だと、グローバルな展示会などの空間デザインを手掛けることが多いですね。プロダクトにおける主役がテクノロジーやプロダクトデザインだとすれば、それを伝えるための名脇役が空間デザインじゃないかなと」
第1回に登場した矢代昇吾さんのようにカメラやヘッドホンのデザインを形作るデザイナーもいれば、参木さんのようにイメージを空間に落とし込むデザイナーもいるというわけだ。ひと口に「デザイン」と言っても、その役割は様々なんだな。そして、どちらの根幹にもソニーならではのイズムが息づいている。入社したばかりの頃は驚くことも多かったそうで、「“ソニーのデザイン”に、いい意味で裏切られたんです」と参木さん。
「もっとガチガチだと思ってたんです。極端な話、一本の線を引くのにも、ソニーのルールがあるんだろうって。でも何もなかった。入社後に何か決まりがあるはずだと思って上司に聞いても、特に明確な答えはなくて。つまりそれは『自分で決めていい』ということ。決まった型がないんです。最初は戸惑いましたけど、そうか、自由にデザインしていいんだ、と気づきました」
意外や意外。ソニーほどのビッグカンパニーなら、厳しいルールがあったっておかしくなさそうなのに。それほど風通しのいい環境で、参木さんが空間デザイナーとして心がけていることは?
「大事にしているのは”プロダクトは生活の延長線上にあるもの”という意識ですね。例えば昔のショーや展示会では、ピカピカの真っ白な空間にプロダクトを置いていかに演出してみせるかに重きをおいていました。その時代はそういう見せ方が魅力的だったんですが、でもだんだんとそんな空間は自分の家にないし、だったら、もっと生活を想起させる柔らかいラインだったり、ファブリックとか、木のようなマテリアルを使ったらほうがいいのでは?という考え方がチーム内でも強くなってきて。だって、どんな製品も暮らしの中で使うわけですから」
確かに、ニュースでよく見かける新製品発表会の模様を思い返すと、照明はバキバキに明るいし、製品もテック感満載だ。それはそれでカッコいいけれど、自分の部屋に馴染む姿はちょっと想像しにくい。参木さんを含む空間デザインチームが手がけた2016年の展示ブースを見せてもらうと、優しい暖色の灯りに、什器類も白や木目調といった風合いのものばかり。落ち着いたブースでプロダクトを手に取れば、使っている光景も想像しやすい気がした。
「プロダクトを作った側はテクノロジーを押しがちですし、ソニーには元々“テッキー”なイメージがあるから、それを求める方々も多いとは思うんです。でも、私はテクノロジーに囲まれることに拒否感があるし、そればかりだと心地よいと思えない。そういう人って結構多いんじゃないかなと思うので、テクノロジーを全面に出さずに、いかに心地よさを伝えるかを考えています」
誰も正解を持っていないから、誰もが正解を作れる。
クリエイティブセンターでは、デザインやテクノロジーの領域を広げるために、デザインの提案活動を行っているという。参木さんもいろんな作品に参加していて、2019年のミラノデザインウィークに出品したインスタレーション作品「Affinity in Autonomy〈共生するロボティクス〉」では、会場のデザインを担当。少しずつ近づいていく人とロボティクスの関係を、空間を通して表現した。映像を見たけれど、真っ暗で非日常な雰囲気から、徐々に光と色が増え、明るい未来を想起させる構成が美しかった。ロンドンデザインフェスティバル 2022では、欧州デザインセンターのチームの一員として、新しい形のメディアプラットフォーム「INTO SIGHT」を提案。内部に一歩足を踏み入れると、来場者の動きに呼応するように光、色、音が変化し、現実とは異なる空間を視覚的・聴覚的に体験できるらしい。中に入ったら、さぞかし気持ち良さそうだ。
「映像が反射して、万華鏡のように見える作品です。3M™ダイクロイックフィルムを貼ったガラスとアクリルの壁を使って長さ10m弱のトンネルを作り、その奥にCrystal LEDディスプレイを設置しています。最初は不透明な素材で、外と完璧に隔絶された箱になる設計だったのですが、サイドをガラスにすることで、マジックミラーのような見え方になり、中の映像の明るさに応じて、時折トンネルの中と外がシームレスに繋がります。トンネルの中に立つと、人の動きに呼応してセンサーで映像や音が変わって、まるで自分がメディアプラットフォームそのものに入りこんでいくような感覚になるんです。このプロジェクトは、バーチャルと現実が交差する日常を過ごす昨今、その二つの体験を心地よく融合させる中間地点はどこなのか、という問いかけから始まっています。これは普段から空間デザインを考える時に意識している『テクノロジーをどうやって生活や人間に寄り添うものにするか』という軸と同じ。デジタルと融合していく気持ちいい落としどころを模索しながら、さまざまな専門技術を持ったチームメンバーと一緒に作りました」
空間デザインからアートプロジェクトまで、幅広く活躍する参木さんにとって、クリエイティブセンターで働く意義とは?
「ソニーって、デザイン以外の他部署の人も『デザインはブランドを形成する大切な要素だ』という意識が強くて、クリエイティブセンターへの信頼が厚いんです。その考え方自体がすごく魅力だなと感じます。そして、デザイナーたちは誰も正解を持っていないから、つまり誰もが自分で正解を作ることができる。リクルート的に言うと、『これからのソニーを作るのはあなたです』みたいな感じですね(笑)。でも冗談でもなんでもなく、入社1年目のデザイナーの提案が採用されることも普通にあります。外から見ていた時は、『数年経験を積んでようやくソニーのデザインとして認められるのかな』というイメージがありましたけど、『新しいソニーだ!』と思ってもらえたら飛び越えることも出来る。かなりフレキシブルな職場だなと思います」
休みができたら、世界のディープな場所を目指す。
そんな参木さんの趣味は旅行。「旅行なんて、一般的な趣味過ぎてつまらないですよね……」なんて謙遜するけれど、先日訪れたというギリシャの写真を見せてもらって驚いた。えっ、これ、参木さんが撮ったもの!?
「そうです(笑)。ギリシャのピンドス山脈にメテオラという修道院があつまる地域があって、この尖った山みたいなものは全部岩なんです。このメテオラ修道院群は11世紀の初め頃に作られたらしく、今もいくつかは現役で使われている。ギリシャっていうとだいたいバケーションや青い海っていう感じですけど、私はこのメテオラにずっと行きたかったんです」
なんでも、リラックスやバカンスとはほど遠い冒険旅行が好きらしい。他にも中国にあるパンダ村という、パンダだらけの飼育施設で撮った写真も見せてくれた。
「2010年ぐらいに行った『中国パンダ保護研究センター都江堰基地』、通称『熊猫楽園』です。成都という都市から乗合のワゴン車で、とんでもない凸凹の道なき道のようなところを3時間くらいずっと走って。体はあちこちにぶつけるし、酔いはすごいし、パンダに会うのは過酷なんだなと思いました。実際会ったらビックリ。勝手にフワッフワだと思ってたら、超剛毛で針金のように固かったんです。ああやはりこの子はクマなんだなと思いました」
もともと一人旅を好むタイプではなかったが、学生時代にちょっとした事件があったんだそう。
「友達とアメリカに行く予定が、その子が就活の面接で行けなくなってしまって。悩みましたがチケットがもったいないし、思い切って一人で行ったんです。でも、初めての海外旅行なのに、友達と一緒だと思って安心しきってホテルも日程も何も決めていなかったんです。その頃はGoogle Mapもなく、持っているのはガイドブックだけ。到着後に怖くなり、ロスの空港から3時間くらい出られなかった。でもなんとか飛び出して、結局ひとりで3週間旅をしたんです。西海岸を回って、メキシコにもちょっと行って、途中で知り合った人と一緒に行動したりして。そうしたら楽しくなっちゃって」
転職の際に日本企業を志した「旅先でロゴをよく見かけた」という話も、バックパッカー時代の体験によるもの。そういえばベルリンのソニーセンターを訪れた時は、節約旅行のさなか、目の前に現れた華やかさに圧倒されたそう。巡り巡ってソニーで働いている今も、時間ができたら変わった場所を旅したいと参木さんは言う。さては、旅が参木さんのイマジネーションに影響を与えている?
「うーん、正直言うと、旅は日頃のいろんなことを全部忘れるために行くので、デザインのことは一切考えないんです(笑)。仕事では洗練されているものや、ミニマルな物に触れる機会が多いので、旅先では正反対のカオティックな物や、もの凄く可愛い生き物に惹かれる気がします。でもそうやって、普段と全く違う環境を体験することが、実は新しいデザインを生み出すことに繋がっているのかもしれませんね」
プロフィール
参木 玲子
みつぎ・れいこ|2014年にソニー入社。クリエイティブセンターでコミュニケーションデザイナーとして、IFAやCESといったグローバルな家電見本市のソニーブースの空間デザインを担当。ミラノデザインウィークやロンドンデザインフェスティバルへの出品作品「Hidden Senses」(2018)「Affinity in Autonomy」(2019)や「INTO SIGHT」(2022)の制作にも参加。趣味は“世界のディープな場所”への旅行。2019年よりデザインセンターヨーロッパ(英国)に赴任。
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