ライフスタイル
摩天楼とジーンズ/文・新川帆立
僕が住む町の話。Vol.6
2021年12月4日
cover design: Eiko Sasaki
text&photo: Hotate Shinkawa


私はシカゴに住んでいる。海外に住んで、一番楽しいのはファッションだ。
土地の気候、風景、歴史によって、最適なファッションが変わる。日本でおしゃれだと言われる服装でも、海外では気分に合わない。逆に海外の流行をそのまま日本に持ってきても、ギクシャクしてしまう。気候や街の雰囲気によって、何を着たいか、気分が変わってくるのだ。
英国に滞在した時は、思いっきりクラシカルでトラッドな雰囲気に寄せるか、反抗的なロックな感じにするか、だった。スコットランドの田園風景にも合うし、ロンドンの黒ずんだ街並みに合う。
パリにいるときには、やたらとスカーフやストールを巻きたくなる。道行くマダムたちがとにかく巻き物が好きで、その鮮やかでフェミニンな装いを見ていると真似したくなる。灰色がかった街並みには鮮やかなパステルカラーがよく映えた。
スイスは若干ほっこりしている。田舎臭いといえば田舎臭いのだが、ゆるりとしたニットを羽織って、田園風景を眺めながら飲むホットミルクは最高だ。
ニューヨークはコスモポリタンすぎて、モードな格好からクリーンなビジネスウェア、カジュアルウェア、スポーツウェアまで何でもアリという印象だし、ロサンゼルスはもっと開放的な気候だから、よりリラックスしたカジュアルウェアが流行るのが分かる。
さて、シカゴは?
シカゴに来て早々、これはアメトラの街だと直感した。
毎日ジーンズを穿いている。色の浅いダメージジーンズに、ラルフ・ローレンのケーブルニットを合わせて、ベルトを締めるのが私のお気に入りのスタイルだ。ヒールの高いごつめのショートブーツを合わせるとなお良い。欧州風の行儀の良さと米国風のカジュアル感をミックスするのがポイントだ。
英国にいたときのようなクラシカルでトラッドな服装で全身を固めると、やや息苦しく感じる。ここは米国で、通りすがりの人にも話しかけられるし、散歩中の犬にも挨拶をしたほうがよいようなオープンな雰囲気だ。英国風の格好をしているとお高くとまっている印象になるだろう。
他方で、アメリカ南部の農耕地域で着るほどカジュアルで気さくな服装もミスマッチに感じる。シカゴは、ニューヨーク、ロサンゼルスにつぐ米国第三の都市だ。ビジネスや金融の拠点でもあり、ビジネスパーソンらが足早に行き交っている。ダメージジーンズにダルダルのスウェットを着ていると、それはそれで浮く。
浮いたところで別に問題はないのだが、せっかく海外にいるのだからその土地にぴったり馴染む服装に寄せるほうが楽しいに決まっている、と思うのだ。
それにしても、シカゴはどうしてアメトラなのだろう?
色々と考えてみたが、シカゴの名建築群が影響しているのではないかと思う。
1871年、シカゴは大火事に見舞われて、街じゅうが焼けた。その後の復興の過程で多くの建築家が腕をふるい、結果として建築の実験場のような建築都市として復活する。街じゅうにセンセーショナルな建築物が点在し、建築ツアーはシカゴ観光の目玉になっている。
その中でも特に荘厳なのが、1920年代前後に建てられた建築群だ。Roaring Twenties(狂騒の20年代)と呼ばれる米国がもっとも華やかで狂乱に湧いた時期である。ニューヨークでは『華麗なるギャッツビー』に代表される豪華絢爛な生活が繰り広げられていたし、シカゴでは禁酒法を背景にアル・カポネらを始めとするシカゴマフィアが勢力を広げていた。
潤沢な資金を投じて欧州のハイカルチャーを輸入し、アール・デコ調の高層ビルが次々と建てられた。
欧州文化と米国独自の文化の融合が、シカゴの建築群を際立たせている。そういった建築群にマッチするのが、欧州と米国のテイストをミックスしたアメリカン・トラディショナルな服装なのだ。
荘厳で華やかな摩天楼に見下ろされると、日本で着ていたようなポリエステル製のワンピースなどはいかにも場違いに感じる。
ツイードやウールなど、地厚でがさがさとした生地がふさわしい。けれども、自主自立、DIYを旨とするアメリカの雰囲気に合うのは、圧倒的にデニムだ。チノパンやウールパンツでは行儀がよすぎる。ダメージジーンズにシャツ、ニット、ジャケット……米国の田舎ほどカジュアルでもなく、欧州ほど行儀よくもない。欧州風の品の良いスタイルを輸入しつつ、カジュアルに着崩すほどよいセンス、まさにそれはアメリカン・トラッドだ。体感としては、アイビールックのようないわゆる「アメトラ」よりはカジュアル要素を増やして着崩しているほうがシカゴにマッチすると思うので、「アメカジ」と呼んだほうが適切なのかもしれないが、それはまあ細かい話だ。いずれにしても、欧州と米国のカルチャーミックスが肝だと思う。
日本にいたときはワンピースやスカートばかり着ていた私が、毎日ダメージジーンズを穿いているのは自分でもおかしい。けれども、郷に入っては郷に従え、住めば都と言うように、世界中のいろんなカルチャーに触れて、浸っていたいのだ。それは一種、文化的なコスプレなのだが、そういう観念的な話はどうでもいいので脇に置く。摩天楼を見上げながらジーンズで歩くのは気持ちがいい。私が言いたいのはそういうことだ。
PROFILE

新川帆立
しんかわ・ほたて|作家。1991年生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。プロ雀士としても活動経験あり。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』(宝島社)でデビュー。最新作『倒産続きの彼女』(宝島社)が発売中。
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