ライフスタイル
僕が住む町の話。/文・飯尾和樹(ずん)
のんびり下馬
2021年6月7日
illustration: Eiko Sasaki
2021年5月 889号初出
皆さん、ぺっこり深々88°、ずんの飯尾和樹です。東京は世田谷区の下馬、「パックリピスタ〜チオ」「ぺっこり45°」などを発して生活して行こうなんて、あまりにも楽観主義な人間に育ててくれた町です。下馬の空が、はたまた空気がそうさせたのか、とにかくこの様な大人になりました。下馬に住み始めたのは5歳の時、両親が共働きで職場から近い所でと、親父が一大決心してマイホームを購入してくれたお陰です。
下馬の辺りは東京の都会のイメージとは違って、のんびりとしています。夕暮れには、自転車に乗った豆腐屋のおじさんが、荷台の大きい箱に豆腐やがんも厚揚げなどを入れていて、「倒れずに、あんなにゆっくり自転車ってこげるのかぁ〜」と子供ながらに感心するスーパースローなスピード。小さなラッパでプゥ〜パァ〜と奏でながら売りに来る、なんとも気が抜けるラッパの音色で4時を知らせて…いや、大体4〜5時を知らせてくれました。その音色が2日くらい聞けないと、夕飯の時に「豆腐屋さん、何かあったのかしら」「好きな温泉でも行ってるんじゃない?」「えっ! 水木で?」と、豆腐屋のおじさんが話題を独占するくらいのんびりな町、下馬…って40年以上前の話です。
たまに実家付近に用があると下馬界隈を歩いていますが、今も基本的に変わらないですね。三軒茶屋から中目黒の辺りまで続く、当時から春には桜が見事な蛇崩川跡の遊歩道がありますが、自分にとっては、たぶん自分の人生初の決意であろう「母親のお腹から出よう。お世話になった羊水とお別れしよう」からの6年後…6歳の春に、「そろそろ恥ずかしいから、自転車の補助輪を外そう」と2回目の決意をした場所、すり傷だらけの教習所でした。転ばずに20コギ出来た自分へのご褒美食として、うまい棒(サラダ味)を買っていましたが、いざ食べる時には、胃腸に気を遣ったのかというくらい、転び過ぎて粉々な状態になっていました。靴にはめるタイプのガチャガチャと音がするローラーオンスケートやスケボーの教習所でもあり、そして人生3回目の決意である初めての恋の告白をして、結果はあの時のうまい棒以上に粉々に敗れ散ったのも、下馬の名所、蛇崩の遊歩道です。(個人差あり)
下馬は遊歩道の街路樹や駒繋神社や世田谷公園があったり、緑は多い方ですね。世田谷公園は幼き頃の遊び場のひとつでした。広〜い芝生エリアや噴水、テニスコートや野球グラウンドもあって、少年野球チームに入っていた自分は日曜日によく練習や試合をしに行っていました。バックネット裏には野球好きな地元のおっさん評論家達が、缶ビール片手に「ナイスバッティング〜、身体が小さいのに良い球投げるねぇ〜」とご陽気な姿、今もたまに見かけます。
自分の入っていた野球チームの名前は「あしげ」。世田谷区と目黒区との区境道路の真ん中にある、あの源頼朝が乗っていた芦毛の馬を埋葬したとする下馬の名所のひとつ「芦毛塚」からチーム名が付いたんです。大会の開会式の入場時にアナウンスでチームが紹介される時、周りは「イーグルス」「ファイターズ」なのに、急に伸びやかな声で「あしげ」と紹介されると、他のチームがクスクス笑い出しました。「足毛だって〜」「鼻毛もあるんじゃない」と。見事なまでに小学生らしい反応をされて、恥ずかしかったですね〜。「下馬Gray Horse」でも良かったんじゃ…あっ、源頼朝さんすみません! でも今考えてみれば、なんとも良いチーム名だな。日本史に燦然と輝いて残る方にまつわるチーム名…大人になってからわかる良さは、春菊や茗荷の味みたいなもんですかね?(誰か答えを下さい。)
世田谷区と目黒区の区境に住んでいるあるあるですが、肉や魚や野菜を買いに行くのは世田谷区内、パン屋さんやたまにの外食は目黒区、電車を利用する時も目黒区にある祐天寺駅か学芸大学駅。あっ! 歯医者や病院も目黒区でしたよ。あっ! 小3の頃に初めてドリアを食べたのも高2の喫茶店デビューも、自転車のパンク修理もたしか目黒…ってもういいよ!
まぁ〜下馬はのんびりとした住宅街ですね。高い建物が少ないので、空を見る時は首に負担が掛からない町。晴れた日には、実家から富士山も丸々見えていましたけど、野沢方面にマンションが建って2/3しか見えなくなりました。下馬から池尻、そして三宿まで一直線で通っている一本道が好きで、「ミニ北海道ロード」と呼ばれています(地元の友達4〜5人のみで)。ミニ北海道ロード沿いにファミレスのデニーズが出来た時は、大騒ぎして友達と見に行きました。「看板が黄色いなぁ〜」なんて言いながら、口の水分を全部持っていかれるカニの形をしたかにぱんをかじっていた秋。今では、イタリアンや和食屋さんやバーなどのオシャレな店が増えて、打ち上げ会場へ案内状の地図通りに行ったら、幼馴染の家の裏だったりします。下馬の空気感がそうさせるのか、変に騒がしい客も少ない、今ものんびり下馬です。良かったら、ぜひ一度。
プロフィール
いいお・かずき|お笑い芸人。1968年、東京都生まれ。2000年、やすとお笑いコンビ・ずんを結成しボケを担当。数多くのバラエティ番組に出演する他映画やドラマなど幅広く活動中。著書に『どのみちぺっこり』(PARCO出版)がある。
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