LIFESTYLE

僕が住む町の話。#3 / 文・ラランド サーヤ

八王子ユーロード

2021.04.27(Tue)

illustration: Eiko Sasaki
2021年5月 889号初出

 大学生のときは、どこに住んでるのかスッと答えないめんどくさい奴だった。都心の大学に通っていると周りは千代田区や世田谷区といった23“区”から通っている人間ばかりで、“市”から来ている人間は自分ぐらいだった。それがどことなく恥ずかしくて、住んでる場所は「中央線の端っこの方」だとか、しつこく問われても「高幡不動の次」だとか、回りくどい伝え方をしていた。

 25歳の今わかる。私が育った八王子市は、魅力的な街だ。

 中央線高尾行きに乗って窓の外を見ていると、日野駅ぐらいからぐっと緑が増える。豊田駅あたりで完全にみんなが思い描く「東京」ではなくなる。大学生のとき、酔っ払って寝過ごすと高尾山のふもとに着いてしまうことがよくあった。毎回、寒暖差で酔いが醒めて起きる。家に帰るにもそこからタクシーで1万はかかるから、「高尾」という標識が目に入った時点でそれは「絶望」を意味していた。あまりにも私がだらしないから、母親が私のiPhoneに浮気防止アプリのGPSをダウンロードして、高尾山に流れ着いたときは車で迎えに来るという行事が頻繁に行われていた。未だにその浮気防止アプリはパズルゲームの横に佇んでいる。

 地元の話なんだから、もっとあたたかい側面に触れたいと思う。八王子駅北口にはこぢんまりとした商店街がある。ほんのり甘い香りに誘われて歩いていくと昭和30年創業の『つるや製菓』に辿り着く。ここで売られている「都まんじゅう」という銘菓が私にとってのソウルフードだ。カステラのようなふわふわの生地に包まれた、甘さ控えめの白あんが絶妙で癖になる。小さい頃から、おやつやお土産としてまとめ買いしていた。1個30円ほどのコスパが良いご褒美。10個入りを買うと小判のように積まれて紙に包まれるから、大金を持ち歩く商人になった気分で帰れる。それだけでテンションが上がる私もなかなかコスパが良い。

 八王子一番のデートスポットといえば“南大沢”だ。遊び場の少ない八王子市民からすると、アウトレットパークと映画館が集結している奇跡の場所。奥には東京都立大学があり学生も多い。服を選んだり、プリクラを撮って遊んだ思い出もある。しかし、私の甘酸っぱい思い出は、そのデートスポットからは離れた場所にある。

 大学2年生になり、もう周りからの“八王子は遠い”いじりには慣れてきた頃、同じく八王子に住んでいた2個上の先輩と意気投合して地元でよく遊ぶようになった。彼は下北沢や原宿路地裏のような雰囲気を纏った、お洒落な先輩だった。そんな格好いい人が八王子に住んでいる。彼に選ばれた地域となれば、途端にイケてる街のような気がしてきて誇り高く思えた。彼とは音楽や服の趣味が合い、駅前にある東急スクエア(今は“八王子オクトーレ”というらしい)に、一緒に古着を見に行くこともあった。連れていってもらったのは『GRAPEFRUIT MOON』という店で、’60年代から’80年代のアメリカンな古着が揃っている。週3日のバイト代ではなかなか手が出せないものばかりだったけれど、見ているだけで楽しかった。

 南口から徒歩5分、なんでもない道路沿いにある『奥芝商店』というスープカレー屋さんも、彼が教えてくれた。冬の始まりの時期に、店の外のテラス席でヒーターにあたりながら、野菜がごろごろ入ったスープカレーを一緒に食べた。具材は大きいのに、しっかり味が染み込んでいる。特別な一皿だった。先輩はよく笑う人で、人の悪口を言わない。穏やかな性格とセンスのいい服、それにこんなに美味しいお店も知っている。ただの憧れから少しずつ気持ちが育っていくのを感じた。そんな私をよそに、最近の趣味だというチェキで私を撮影し始める。だんだん色づいて浮かび上がる私の嬉しそうな顔。そのチェキは先輩が持って帰ってしまったから手元にはない。今、それがすごく惜しい。

 西放射線通り商店街のユーロードでの出来事も、はっきりと覚えている。先輩が突然私の足元を指差して「この靴は履き慣れてる靴?」と聞いてきた。そうですと答えると、何故ですか?と聞く暇もなく肩にタッチしてきて「追いかけっこ!」と言って走り出していった。もうお手上げだ、と心の中で完全に白旗が上がり、降伏状態になった。思い出の詰まった八王子ごと、好きになった。

 彼とは、大学卒業前にどこどこへ行こうという約束のほとんどを果たし、最後の一つは叶えられないまま、連絡が途絶えた。好意を伝えることもなく、彼に伝えられることもなく、そっと終わった。それから1年経った頃、同級生との会話で突然彼の訃報を知ることになる。急に体調を壊し、入院してそのまま、だったらしい。あっけないお別れ。

 せっかく八王子を好きになれたのに、感謝を伝える前に会えなくなってしまった。ここから数年、後悔を引きずりながら過ごすことになった。

 そして今、こうして先輩が読んでいたはずのPOPEYEで先輩との思い出を綴っている。少し救われた気がしている。たまに地元に帰ると、駅前で似たような人影を追ってしまうことがあったけれど、ここで一つ区切りをつけたい。昔は恥ずかしくて言えなかった。

 私は八王子が好きで、八王子での思い出が大好きだ。

PROFILE

ラランド サーヤ

お笑い芸人。1995年、東京都生まれ。大学時代に相方のニシダとラランドを結成。今年3月に個人事務所レモンジャムを設立。TBSラジオ『ラランド・ツキの兎』の出演他、YouTubeチャンネル「ララチューン」はTVでは見られないような企画満載。

illustration: Eiko Sasaki
2021年5月 889号初出

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