TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】夕方、出町柳まで

執筆:qp

2025年12月23日

部屋にいたわたしは、太陽が傾き、光が弱くなっているのを見てとると、なにか焦ったような気持ちで準備をして、ドアの外へ出ました。
もうすぐ暗くなるのに、部屋にいる。そのことに、小さな罪のようなものを感じたのかもしれません。

今日の世界がどんな風なのか、見ておきたい。
これといってはっきりした目的があるわけではないけれど、出町柳まで歩こうと決めました。

白川通今出川の交差点まで来て、信号待ちをしていると、山の向こうにうっすらと橙色の光が滲んでいて、一日が閉じようとしている気配がありました。

ここから出町柳までは、一直線に坂を下っていくことになります。
今出川通の右か左か、どちらを選ぶのかいつも迷いますが、今日は右を歩くことにしました。

12月とはいえまだ始まったばかりで、いま、秋と冬の境界にいるのだと感じられました。

歩道には、落ち葉が積もっています。
この時期、アスファルトでぺしゃんこになった落ち葉を見るたびに思うのは、時間がたてば土になり、木々の栄養になるはずなのに、舗装された道に落ちることでそれが叶わない、ということです。きっと、命の循環に役立つはずなのに。

人間世界とともにある、落ち葉のことを考えると、少し切なくなります。

道沿いには、個人経営の飲食店などが並んでいて、夜になると賑わいを見せますが、まだ時間ははやく、平日なので人もそれほど多くありません。
道路のむこう側にある店々と、その背後の吉田山の木々を見ながら、歩いて行きます。

マジックアワーという有名な言葉もありますが、これくらいの時間の光が好きです。影が薄くなり、光に、黄色や赤色がわずかに入る。
しかしなぜ、一日が終わる寸前の光は、紅葉の色に通じているのか。

少し進むと、目を引く石仏があります。

子安観世音というそうで、鎌倉時代の作という案内があります。
なんでもこの石仏は豊臣秀吉のお気に入りだったようで、一度は聚楽第に持って行ったものの、石仏が「北白川へ帰りたい」と夜ごとうめいたらしく、こちらに戻されたという話があります。
本当かどうか定かではありませんが、わたしもこの石仏が妙に好きで、いつも通るたびに見てしまいます。

その先は、道路を挟むように京都大学があり、学生も多く歩いています。
わたしもよく構内を散歩したり、学食でご飯を食べたりしていますが、今日はちらりと門のむこうを見やるだけに留めました。黄色のイチョウ並木が見えましたが、何割か葉を落としています。

この辺りは、学生がよく出入りする喫茶店も並んでいて、進々堂京大北門前は中でも歴史のある喫茶店。もうすぐ作られて百年が経つそうです。わたしは一度入ったきりですが、外観はとても風格があり、看板も味わいがあります。この辺りの雰囲気を作る、大事な建物と思っています。

古本屋や中華料理屋、不動産屋などを横目に歩を進めると、百万遍の交差点にたどり着きます。
ここはとくに京大生の行き来が激しく、信号待ちをする人の多くは京大生なんだろうと勝手に思っています(実際は違うのかもしれませんが)。

またこの交差点周辺は、有名な飲食チェーン店がすべて揃っているのではないかと思うほど充実していて、わたしもときどき利用しています。
なにか心が苦しくなるとそれを晴らすため、サイゼリアでワインか、王将でビールを飲むこともあります。

交差点を渡り、銀花園という花屋の右の道を、京大生(たぶん)の波に揉まれながら歩いて行きます。

ここからは平坦な道になり、飲食店、また学生向けのマンションが建ち並び、銭湯なんかもあります。大力餅、三高餅という、「餅」という言葉の付いた京都ならではの食堂もあり、うどんや衣笠丼を食べることができます。

少し進むと、左手に長く続く塀があり、うっそうと木が生い茂っています。

ここは、自分にとって「秘密の花園」のような、入ることのできない謎めいた敷地で、長い間なんだろうと思っていたところです。

あるとき調べてみたところ、清風荘庭園という京大が管理している庭園ということが分かり、かつては総理大臣も務めた政治家の私邸であったらしいのですが、いまのところ公開の機会はなさそうです。
いつか入ってみたいと思うものの、もし入ることができたら「秘密の花園」ではなくなるので、それがはたして良いことなのかどうか。
未踏の場所だからこそ感じる魅力も、きっとあると思うからです。

さらに道を直進すると、スズランの形をした電灯が立ち並ぶエリアに入ります。

右手に、三角形のおにぎりを売るおにぎり屋(よく買っています)、左手には名曲喫茶柳月堂という、とても贅沢な環境でクラシック音楽が聴ける喫茶店があります。

そして、叡山電鉄の出町柳駅があり、その先にある交差点を渡ると、鴨川デルタです。

鴨川デルタは、高野川と賀茂川という二本の川が交わる地点で、そこから鴨川という、だれもが知る川がはじまります。

わたしは、時間があると、なにかとこの鴨川デルタへ足を運んでいます。
とくに、鴨川デルタがよく見通せる賀茂大橋の上に立ち、今日の鴨川デルタはどんな様子なのか、そのときの鴨川デルタがどうなっているのかを定点観測し、写真を撮影するのです。

というのも、鴨川デルタはただ2本の川の合流地点というだけではなく、川に飛び石が配置され、ジャンプして渡ることもできますし、人が集い、団欒するのにぴったりな場所になっているからです。近くの出町ふたばで豆もちを買って食べたり、観光に訪れた人がひと休みしたり、学生が語り合ったり、楽器の練習をしたり。

世界の中心なんてものはないと思いますが、わたしにとって、ということで考えるなら、鴨川デルタがそうなのかもしれません。
日々、行くたびに景色に変化がありますし、ときに驚くようなドラマを見ることもあります。

飛び石という特殊な動線もあり、人が複雑な流れを作っていることも、定点観測し、写真を撮りたくなる理由です。夏の夜には、多くの若者がここで花火をしているのを見ることができます。

また、賀茂大橋に立ってここからの景色を眺めることで、なにもしなかった日でも、ひとつは達成した、という気持ちになったりもします。

橋から東を見れば比叡山がそびえていて、南を見れば、大文字山が見えます。

ちなみに、大学生の勢力図みたいなものを考えたときに、百万遍の辺りは京大生が多い場所でしたが、この辺りは同志社大の学生が多い場所かと思います。
この道の先にある同志社大から、出町柳の駅(叡電だけでなく京阪の駅もあります)へ向かう学生の流れによく遭遇します。

鴨川デルタを見て帰ることも多いのですが、今日は、この先にある商店街まで足を伸ばすことにしました。

郷愁を誘うバス停の前を通り、わたしがよく利用している青い銀行を右折し、少し進むと出町枡形商店街が見えてきます。

わたしは、日暮れ時の枡形商店街が好きです。
なぜかは分かりません。この商店街が、というよりも、どの商店街でも夕方の姿が好きなのかもしれません。

あまり大きな規模の商店街ではありません。入口から出口まで、ふつうに歩けば5分もかからないと思います。
しかし、なにか愛おしい商店街、と思うのです。

天井には、「うれしいなあ たのしいなあ」だったり、「いつもあなたのそばにある」というメッセージが書かれた幕がぶら下がっています。その、筆で書かれた大きな字を見るたび、少しだけ元気になる気がします。

それからこの商店街には、わたしがよく通っている出町座という映画館もあります。

京都へ来てから、何本ここで映画を観たのか分かりません。
小さなスクリーンで、施設も立派ではないかもしれませんが、よくふらっと入って映画を観ています。

また、アイハートというスーパーもあって、こちらでもときどき買い物をしています(枡形商店街にはもうひとつスーパーがありますが、わたしはアイハートによく行っています)。

今日はアイハートで、いつも買っている最中アイスを買い求め、外で直立して黙々とかじりました。

ほかにこの商店街は、果物屋、豆腐屋、寿司屋、天ぷら屋、たこ焼き屋、古本屋(3軒もあります)、百円均一のお店などなどが並んでいます。

そういうお店たちを見つつ、商店街をあとにしました。
外はすっかり暗くなっていました。

さきほどの賀茂大橋を渡って、鴨川の右岸から左岸へ。

そのまま歩き続け、いつも入っている銭湯まで行って体をあたため、帰途に着きました。

プロフィール

qp

キューピー|画家。小さな紙に、水彩で絵を描いている。 近年の個展に「花の絵」(2023年)、「明るさの前」(2024年)、「枕もとの水彩画」(2025年)など。400店の喫茶店を巡って水を撮影したフォトエッセイ『喫茶店の水』(左右社)を出版。

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