カルチャー

僕らが観てきた映画のABC。/OSCAR

米アカデミー賞事件簿。

2025年12月7日

僕たちの好きな21世紀の映画 グレイテスト・ヒッツ。


illustration: Yukiko Omoto
text: Keisuke Kagiwada
2025年12月 944号初出

アメリカの現在地を浮き彫りにするオスカー像のゆくえ。いくつ覚えていたかな?

“世界最高峰の映画の祭典”こと米アカデミー賞の第1回授賞式が開催されたのは、1929年のこと。アメリカ映画の健全な発展を目的とする団体、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)が主催し、受賞者は“オスカー”と呼ばれる金色の像をもらえる。しかし、スタッフやキャストの功績を讃えるというのは表向きの理由で、AMPASが結成されたそもそもの目的が、スタッフたちが組織した労働組合のガス抜きだったことは意外と知られてない。

 21世紀以後のアカデミー賞は、そんなヨコシマな理由でスタートしたツケを払い続けているように見える。設立当初は白人男性が中心のボーイズクラブだったAMPASは、これまでなら無視できた人種差別や女性蔑視をめぐる問題に毎年のように直面し、そのたび右往左往。数々の珍事も勃発し、かつての威光は見る影もない。しかし、だからこそアカデミー賞を良くも悪くも盛り上げてきた事件の数々を振り返ることは、21世紀のアメリカで何が社会問題とされているかを、確認する作業にもなるんじゃないか。ドレスアップしたセレブを拝むだけの楽しみ方からは、もう卒業だ。

第74回 (2002)

主演俳優賞はデンゼル&ハル。
黒人俳優が大躍進を遂げる。

 主演男優賞を『トレーニング デイ』のデンゼル・ワシントンが、主演女優賞を『チョコレート』でハル・ベリーが受賞し、両賞ともに黒人が選ばれた史上初の年となった。さらには、伝説的な黒人俳優シドニー・ポワチエが名誉賞に輝き、これまでアカデミー賞で軽んじられてきた黒人たちが躍進を遂げた年に。以後、黒人男優にはコンスタントに主演賞が与えられるようになったものの、黒人女優は今に至るまで受賞していない。

第82回 (2010)

女性が初の監督賞に。
過去のノミニーは3人のみ!?

『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグローが、女性として初の監督賞を受賞。彼女を除くと監督賞にノミネートされた女性はこの時点でわずか3人だった。しかし、「#Metoo」以前のこの段階では、ハリウッドにおける女性クリエイターの苦境が、今ほど問題視されてなかったらしく、監督賞を争った元夫のジェームズ・キャメロン(該当作は『アバター』だ)との元夫婦対決こそが注目を集める結果に。

第88回 (2016)

「#OscarsSoWhite」問題で、
スパイク・リーが参加を拒否。

 2015年と2016年のアカデミー賞において、演技部門のノミネーターが全員白人だったことに端を発し、SNS上で「#OscarsSoWhite」のハッシュタグ運動が勃発。スパイク・リーは名誉賞を受賞していたにもかかわらず、式をボイコットした。事態を重く受け止めたAMPASは、白人男性ばかりといわれ続けた投票者層の多様化を図る施策を実行。59カ国の683人の映画業界関係者に新たな招待状を送ったといわれている。

第89回 (2017)

まさかの事態に会場内は騒然。
間違えて発表された作品賞。

 最優秀作品賞のプレゼンターとして登壇したのは、ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイ。誰もが固唾をのんで見守る中、ダナウェイが発表したのは『ラ・ラ・ランド』だ。しかし、スピーチが始まった直後、間違いだったことが発覚。オスカー像は『ムーンライト』へ。そんな珍事の裏で、黒人の受賞者は史上最多を記録したが、非黒人の映画人からの批判は続いた。

第90回 (2018)

性加害の告発が相次ぐ映画界。
これからどう変わるのか?

 映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインを筆頭に映画人たちの女性に対する性加害が「#Metoo」「#TimesUp」の旗印で表面化した直後のこの年、告発者のアシュレイ・ジャッドらが壇上に立ち、メッセージビデオを上映。映画業界における女性の権利の向上を訴えた。作品賞に輝いたのは『シェイプ・オブ・ウォーター』。このような年に、半魚人と女性の恋愛を描いた作品が選ばれたのは象徴的だ。

第92回 (2020)

非英語映画が作品賞を初受賞。
多様性の時代を象徴する。

『パラサイト 半地下の家族』が、非英語圏の資本で作られた外国語作品として、初めて作品賞を獲得するという快挙に。同作は全部で4部門を受賞するというフィーバーを巻き起こした。もちろん、作品のクオリティの高さが評価されてのことだが、多様性の時代にうまくハマったという見方もできなくはないし、すさまじいロビー活動を展開したことが功奏したという噂もあるが、映画界で働くアジア人に希望をもたらしたことは確実だ。

第94回 (2022)

妻を侮辱したプレゼンターに
ウィル・スミスが鉄拳制裁。

 事件が起こったのは、長編ドキュメンタリー賞の発表のとき。プレゼンターのクリス・ロックに、ウィル・スミスが詰め寄りビンタをお見舞いしたのだ。理由はクリスがウィルの妻であるジャイダ・ピンケットの脱毛症をジョークでいじったため。日本ではウィルを賞賛する向きが大半だったが、アメリカの特にブラックコミュニティでは、黒人は暴力的であるというステレオタイプを強化する振る舞いだとして批判され、ウィルは謝罪。

第96回 (2024)

かくしてアニメーション映画は
“子供向け”ではなくなった。

 アメリカで日本文化が確かな存在感を示しためでたい年だった。実際、『君たちはどう生きるか』が長編アニメ映画賞、『ゴジラ-1.0』が視覚効果賞に輝いている。ドラマだが『SHOGUN 将軍』ブームもあった。ところで、『君たちは〜』はPG-13指定(13歳未満の鑑賞には、保護者の強い同意が必要)のアニメとしては史上初の受賞。それはアニメがもはや“子供向け”ではまるでなくなったことを反映しているのかもしれない。