ライフスタイル
家の猫の話 Vol.25/文・ピエール瀧
2026年3月5日
以前、ギンというアメショーとのミックスのオス猫を飼っていました。以前といっても大昔のことで、さっき古い写真を引っ張り出して日付を確認したところ、1989年に飼い始めたようです。写真にはなぜか子猫のギンと瓜二つのもう1匹が写っていて、「は? どういうこと⁈」と、混乱しました。もう1匹はどうしたんだっけ?近所に住んでた姉ちゃんのとこに行ったんだっけ?全然憶えてねえ。
ギンと暮らしていた頃の自分は22歳。電気グルーヴを始めたばかりの頃で、世田谷の赤堤の風呂無し安アパートで彼女と同棲をしていました。電気グルーヴはまだメジャーデビューする前のインディーバンドで、バイト生活で当然金も無く、三茶にあった激安ペットショップに猫缶を買いに通っていたことを思い出します。
しばらくして自分は彼女と別れてしまい、同棲を解消。結果、そのままアパートでのギンとの暮らしが始まりました。同じ頃、電気グルーヴがメジャーデビューすることが決定し、レコーディングやら取材やらプロモーションなんかで日々忙しくなっていきました。
アパートの部屋は一階だったので、自分は出かける時に窓を10センチくらい開けて仕事に向かっていました。ギンは気が向くと、その窓からヒョイと出かけて行って外の世界を謳歌し、ご飯や寝る時間になると、のそっと窓から帰ってくるようになりました。今の感覚だとあり得ない感じがしますが、自分も飼い主として未熟でしたし、何より留守の間中ギンを部屋に閉じ込めておくのが不憫だったというのもあります。
ある時部屋でくつろいでいると、押入れの中からゴソゴソと物音がしました。押入れの下部分は客人用の布団が閉まってあり、どうやらそのあたりから物音がします。襖代わりに取り付けてあった仕切りのカーテンをシャッ!っと開いて下部分を除くと、なんと全然知らない猫の親子が布団の上で勝手に暮らしていました。見たこともない母猫と子猫が3~4匹。いつもの団欒の最中といった様子で、全ての猫と目が合いました。しかも布団の上部分には結構な凹みができていて、まあまあな期間をそこで過ごしていたようです。びっくりした自分が「コラッ!」と叫ぶと、猫の親子はズドドドドッ!と一斉に駆け出し、一目散に窓から出て行きました。
そんな出来事からしばらくして、電気グルーヴの活動も軌道に乗ってきた自分は新居に引っ越すことにしました。新しい住居は代沢にあるマンションの5階の部屋。
ギンを連れて風呂ありの新居に越した自分は、様々なことが上向きになってきた新生活に満足していました。しかし、ギンにしてみれば、自由奔放だった赤堤の生活から、突然高層階の部屋に閉じ込められる窮屈な生活を強いられることになったので、かなり不満を募らせていたでしょう。隙あらばベランダの窓から脱走し、自分はその度にスプーンで猫缶を叩きながら近所を捜索し、茂みから現れたギンを回収することが何度か続きました。
ある日、家に帰ってくると部屋にギンの姿が無く、普段は空いていないキッチン側の窓が10センチ程空いていました。そちら側は5階から1階までが恐ろしいほど高い垂直なマンションの壁で、一番近い足場といえば隣の民家の2階部分の屋根があるだけです。しかし、その屋根までさえもマンション3階分程度の高さがあり、いくら猫の能力を持ってしても飛び降りるのは命懸けの高さです。でも部屋にギンはいない。慌てた自分は、空いていた窓の地上部分や、隣の民家周辺を数日間くまなく探しましたが、二度とギンの姿を見ることはありませんでした。ギンは忽然と姿を消してしまったのです。別れも告げずに。
もしかしたらギンは自由な生活を選択したのかもしれません。そういえば、アパートの部屋からズドドドッ!と逃げ出した子猫たちは、ギンと同じアメショーの模様をしていた気がします。もしかしたら家族のところに帰ったのかもしれない。確かにここで自分と暮らすよりはそっちの方がいいかもな。そう心に思いながらエールを送り、ギンとの生活は終わりを告げました。
プロフィール
ピエール瀧
ぴえーる・たき | 1967年、静岡県出身。1989年に石野卓球らと電気グルーヴを結成。道行く人に「あなたのオススメは?」と尋ね、その返答の通りに旅をするYouTube番組『YOUR RECOMMENDATIONS』が好評配信中。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。『地面師たち』(Netflix)、映画『宝島』(大友啓史監督)映画『ホウセンカ』(木下麦監督)のほか、5月上演予定の舞台『はがきの王様』など多数出演。
電気グルーヴ公式ウェブサイト
https://www.denkigroove.com/
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