ファッション

パテック・フィリップのカラトラバ96

使ってわかるクラシックの格式。

2026年1月4日

マイスタンダードの見つけ方。


illustration: Dean Aizawa
text: Sana Tajika, Yoshikatsu Yamato
edit: Yasuyuki Takase
2025年9月 942号初出

メンズファッションにおいて、歴史に裏打ちされた名品と呼ばれるものは総じて高い。とびきり高い。果たして、どれほどの価値があるのか。実際に使う人はこう語る。

スイスのジュネーブで1839年に創業。王侯貴族などに愛されつつも、世界恐慌の影響で経営難に苦しんだが、1932年に、ケースとラグを一体化させたカラトラバを発表。腕時計の原点とも呼ばれる、シンプルを極めたドレスウォッチを誕生させた。

 たしか10年前なので、33歳のときですね。お店に来てくださっていたお客さんが、ヴィンテージウォッチのディーラーをしているというので相談をしてみたら、「あるよ」と。

 まさか買えるとは思っていませんでしたが、興味本位でどのようなものか聞いてみたら、細部まで理想的なモデルでした。

 カラトラバの「96」は、極めてシンプルなデザインですが、ケースの材質をはじめ、針のフォルム、インデックスなどにわずかな違いがあります。僕が惹かれるのは、ケースがステンレスで、針は特に細いもの。そうした、あらかじめの「好み」を作ってしまっていたので、運命的に出合うか、どうしてもパテックが欲しいのであれば、いろいろな条件のバランスで妥協をするかです。でも、僕には後者のような柔軟な思考回路がない(笑)。それが、急に目の前に現れたのです。さらに、コンディションもとても良い。中古の時計は、もとはフラットなデザインのベゼルであっても、経年変化で角が丸くなっていることが多いのですが、これはエッジが立っています。インデックスはホワイトゴールド。それでいて破格だったので、決めました。あれこれと考えて、検討する余地はなかったですね。

 そもそもなぜ「カラトラバ」に魅力を感じたかを振り返ると、昔から自分はミリタリーの古着が好きで、その延長でミリタリーウォッチの「A-11」を着けていました。ケースが小ぶりで余計なデザインがなく、どことなく雰囲気が似ています。ちなみに、僕の「96」は1941年製造なのですが、第2次世界大戦中に作られたものであることもミリタリー好きの自分には刺さりました。

 もちろん、ギリギリになりながら頑張って買ったものですが、迷いはなかったです。それは、自分がこれまでの人生のなかで、手さぐりで探してたどり着いた美しさの基準に、確実に当てはまるものであったからです。

 情報をあれこれ調べたり、売ったときのことを計算したり、そういった比較や検討をしたわけではなくて、これしかない、と選んだものです。結果的に自分のもとに残り続けて、身になっていくのは、そういうものだと思います。服でも車でも、オーディオでも、内装でもそれは同じです。

 そうした判断に自信を持つために、自分が心から惹かれるものにはどんな共通点があるのだろう? とよく物を観察したり、自分なりの美意識を明確にしようとすることには、時間をかけてきたかもしれません。

 僕の「96」は時間が狂うことがあまりないので、オーバーホールは5年に1回くらい。本当はもっとメンテナンスが必要なのかもしれませんが、そこも、実際に使いながら、実感をもとに付き合い方を考えればいいかなと。ムーブメントの正確さだけでなく、どんなに古いモデルであっても、永久に修理を受け続け、使い手に寄り添い続けるという態度にも、〈パテック・フィリップ〉の誠実さを感じます。

プロフィール

森 健

もり・たけし|1982年、神奈川県生まれ。インソール製作の第一人者である父親・森公一のもとで経験を積み、2011年にオーダーメイドインソール専門のFOOTWORKSを設立。足元のバランス改善に取り組む。