カルチャー
昭和を代表する稀代の作詞家から、“時代遅れ”の魅力を学びに『阿久悠記念館』へ。
東京博物館散策 Vol.11
photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Toromatsu
special thanks: Ryusuke Kurokawa
2025年4月29日

地球の男に飽きたところよ
まだこの詞に飽きたことがない。1977年12月発売、ピンク・レディーのシングル「UFO」。翌’78年の年間シングル売上1位を獲得し、同年の第20回日本レコード大賞を受賞。販売累計は約200万枚とされる、日本人の誰もが知る楽曲だ。
非凡な想像力と大衆性、それこそがこの作品の作詞を手がけた阿久悠の魅力かもしれない。そんな阿久の半生を紹介し、遺品から、自筆原稿、レコード、書籍などの資料展示するのが明治大学アカデミーコモン地下一階にある『阿久悠記念館』。
明治大学文学部出身の阿久悠。ゆかりあるお茶の水の地に館はある。’37年、兵庫県の淡路島生まれ。「テレビの普及していない時代ですから、映画が好きで、東京へ出ると強く決めていたそうです」と館の担当者。
大学卒業後は広告代理店・宣弘社(現在の電通アドギア)へ入社。同社で漫画家デビュー前の上村一夫と出合い、上村のあまりの絵の才能に衝撃を受けたとか。コピーライターなどの仕事から、放送作家として活動するようになり、’65年に、ザ・スパイダースのグループ・サウンズデビュー曲「フリフリ」のB面「モンキー・ダンス」で作詞家デビュー。
『スター誕生!』(日本テレビ)では企画から審査員まで担当。歌謡の歴史とともに人生の歩みをすすめた。’80年代頃からは本の執筆といった作家活動を精力的に行い、『瀬戸内少年野球団』で直木賞候補、『詩小説』で第7回島清恋愛文学賞を受賞した。
特筆すべきはその作品数の多いこと。上述した著作など小説に加え、詩歌、エッセイ、漫画、TV番組、5,000曲以上といわれる驚異的な数の作詞。日本レコード大賞受賞は史上最多の5回、シングルレコードの売り上げは6,800万枚越えを記録している。未発表詞もまだあるらしく、新しい学校のリーダーズが阿久の未発表詞を歌った『狼の詩』(2018年)も話題になった。
『北の宿から』『勝手にしやがれ』『青春時代』『また逢う日まで』……日本人の誰もが知る楽曲、そしてそのジャンルの幅広さも魅力だ。この日、一緒に博物館を散策した詩人の黒川隆介さんは「こんなに日本人のDNAに刻まれている詩を生み出した詩人はいないんじゃないか」と語る。たしかに、斬新な言葉選びを通じて描き出した詩世界は、令和になった今でもインパクトを残していて、誰もが口ずさめる。
多作でジャンルレスな活動の全貌を知れるだけでなく、阿久の作家としてのこだわりを知れるのも館ならでは。徹底して全て手書きだったり、作詞した作品の原稿の題字部分にイラストが施されていて、詞の世界を表現していたり(これはかなりカッコいいので実際に見てほしい!)。自らの手と頭で創造する。技術の進歩著しい昨今こそ、「アナログの鬼」と称した阿久の姿勢、仕事にかける情熱は学ぶところが多い。
「時代おくれの新しさ」とは、’98年に明治大学の卒業生に向けたスピーチで語った言葉だ。正確に時代の知識を得ながらも、変わらなくてもいい変化がある。それはまさに阿久が生涯を通じてこだわってきた部分かもしれない。流行は一瞬にして廃れる。自分の創造的なエネルギーの軸を持ち続けることが大事なのか。
そんなエネルギーが、こぢんまりした館には充満している。「いちいち説明する必要がないからこそ、小さな博物館でも充実感がある。この博物館の小ささこそ、阿久悠の凄さを物語っているのかもしれませんね」と黒川さん。
“地球に飽きた“とき、一度訪れれば、阿久悠のパワーをお裾分けしてもらえるかもしれないな。

この日はPOPEYE Webの連載『私的にいいとこ、詩的なところ』でもお馴染み、詩人の黒川隆介さんと一緒に散策した。
インフォメーション

阿久悠記念館
◯東京都千代田区神田駿河台1-1 明治大学アカデミーコモン地下1階 ☎︎03•3296•4448 10:00~17:00(土は10:00〜16:00)入館は閉館の30分前まで、 日・祝休(その他利用時間、休館日については公式サイトをチェック)
2011年10月28日オープン。入館無料。阿久悠の仕事場所である宇佐美の自宅書斎を再現した「阿久悠の書斎」コーナーから、随時入れ替えが行われる「特別展示」コーナーなどこぢんまりした館内に資料がぎっしり。野球への情熱を感じられる資料群も興味深い。
Official Website
https://www.meiji.ac.jp/akuyou/
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