カルチャー

「私は新宿である」ヴィヴィアン佐藤さんロングインタビュー。/後編

「新宿ゴールデン街 秋祭り」開催間近の特別企画。読者プレゼントも!

photo & edit: Masaru Tatsuki
text: Ryoma Uchida

2024年11月6日

 国内屈指の飲み屋街・ゴールデン街にて、「新宿ゴールデン街 秋祭り」が11月10日(日)に開催される。約300軒もの個性的な飲食店がひしめくこのエリアで、気軽にはしご酒をしようという一風変わったイベントだ。同時開催される写真家・渡辺克巳の展覧会を監修したヴィヴィアン佐藤さんに、新宿にまつわるアレコレを聞いてみるロング・インタビューの後編です。記事の最後には読者プレゼントもご用意! ぜひ最後まで読んで、応募してみてね。

「I am 新宿」!?

 前編では、ヴィヴィアン佐藤さんのこれまでの来歴やゴールデン街での思い出、写真家・渡辺克巳のお話を伺った。そんな思い出が詰まったヴィヴィアンさんの活動拠点でもあり、今回のお祭りが開催される「新宿」とは何なのか。そんな初歩の初歩であり、大事なクエスチョンを。

「新宿ね。私の本業は建築なので、そういった観点からまず話させてもらうと……。そもそも、東京自体がパリ、ロンドン、ニューヨークなど他の都市と比べるとちょっと特殊な作り方になってるんですよ。新宿、渋谷、 六本木、銀座、池袋、有楽町とか、それぞれの都市がそこで完結していますよね? 他に行かなくても全部こと足りるといいますか。まるでスバルの星座のように、ちっちゃな星が点在しているような。それぞれの島があるような在り方が東京だと思いますね。中でも新宿が特殊なのは、街に対してイメージがたくさんある点ですね。例えば西口でいうと、都庁や大きな高層ビル群。東口は眠らない街歌舞伎町、ゴールデン街などの飲み屋街。そこには文化人が集うイメージもある。新大久保、コリアンタウン、イスラムの人たちの文化圏もあります。伊勢丹、三越、高島屋のような高級デパートもありますね。それから2丁目のような大きなゲイタウンもあります。四ツ谷には迎賓館もあってハイソなイメージですよね。神楽坂のような料亭街、商店街もある。早稲田などの教育機関が集う学生街もありますね。渋谷区にはなりますが代々木なんかもあります。で、それらが混ざらないで共存しているというのがすごく『新宿らしさ』であると思うんですよね」

 多様な在り方をそのまま肯定する「新宿らしさ」を、ヴィヴィアンさんは自らに置き換える。

「私はすごく新宿のことを愛していて、『I am 新宿』みたいな言い方をしてるんです。最近は地方の仕事が多いから、全然新宿にいないじゃないか、なんて言われることもありますけれども、でもそうじゃないんです。新宿を、1つのエリアではなくて、あり方を『新宿的である』っていう、そのような見方をするんです。そうすると、青森も広島も金沢も『私がいるところが新宿である』という定義ができるんじゃないかと。半分冗談っぽいんだけども、あながち冗談でもなく、新宿的なあり方をいろんな街に当てはめる、ということを進めたいと思ってますね」
 
 様々なイメージがそのまま存在する新宿。それを自身が纏うことで、どこの都市であろうと、都市や自身の捉え方を一元的な見方に限定させない。「新宿」を実践しているのである。でもそもそも、なぜ他の都市ではなく新宿に、多様な在り方が残っているのだろうか。

「それはいろんな要因があると思うけれど、最近は都内でも都市開発が急速に進んでいて、 例えば六本木は森不動産、渋谷は東急不動産、日本橋は三井不動産、東京駅近辺は三菱、そのように大きなデベロッパーが関与して都市の開発をしてる。だから一瞬多様に見えても実は1つの会社がやっているんですよね。一方、新宿っていうのは、1つのデベロッパーが入っているというより、非常にアジア的な街の作り方が成立していて、ゴールデン街とか、思い出横丁とか、新宿2丁目みたいなとこも未だに残ってるのかなと思います。そういう開発しにくいところが、色々あるけどすごく面白いなと感じますね」

 確かに、一癖、二癖とある場所が乱立して、今だにその文化圏が保たれている。今回ヴィヴィアンさんが秋祭りでフォーカスしているゴールデン街。いわゆる飲み屋街であるが、それだけでは済まされないオーラがあるのは周知の通り。この街は、一体どんな街なのだろうか。

「ゴールデン街という街は、そもそも歌舞伎町の一角にありますが、歌舞伎町っていうものが終戦後すぐに闇市が広がった場所であります。簡単にいうと、日本国がそんなに成り立たずに、生活物資や食料も足りない時期に任侠といわれる人たちが立ち上がって、生活物資をたくさん供給しはじめた場所ですね。『光は新宿より』っていうのが合言葉になっていたくらいで、戦後、新宿から日本を復興させようみたいな考えが、国家ではなく民間から、それも任侠の方々から生まれた場所でもある。その中で、新宿のゴールデン街っていうのは『青線』の場所ですね。新宿2丁目あたりはいわゆる赤線でして、それは黙認された売春、遊郭のあったエリアで『カフェー』が乱立する場所ですね。青線っていうのは認められない、非合法な場所なんですけども、例えば、外から見たら二階建てだけど、中は三階建てで『ちょんの間』と呼ばれるスペースが隠されていて。そういう場所が多くあったんです」

 1960年代にはアングラ・サブカルチャーのムーブメント、学生運動があり、副都心開発と都庁の移転を経験した新宿は、商圏・ビジネス街として、多くの問題を孕みつつも、多種多様な人と文化が集まる現在の巨大繁華街へと発展する。

渡辺克巳による写真。当時の新宿の様子がわかる。右下の写真に映るのは左から渡辺克巳、加賀乙彦、秋山祐徳太子、田中小実昌、殿山泰司。錚々たるメンバーだ。

「加速する街」で能動的に生きること。

 新宿のみならず、戦後80年で都市は急速に変化しつつある。近年では再開発がすすむエリアも多く、そのスピードも加速している気がする。「非建築家」であるヴィヴィアンさんは、都市における建物と建築の違いについてこう語る。

「近代から現代の建物においては、例えば道具が使えなくなったから壊すというよりは、店子がいなくなったら潰れちゃうとか、 持ち主がいなくなったら潰れるとか、都市計画がこうなったらなくなるとか、景気が悪くなったらデザインが全く変わってしまうとか、素材が全く変わるとか、計画そのものがなくなるとか。非常に現象的というか、そこにあってないようなものなんですよね。コンクリートとかで作ってる建物って、ものすごく強くて、雨風もしのげてがっちりしていると思われているけれど、実際100年持てばいいくらいですよね。でも、ギリシャのパンテオンはもう2000年も持っている。そう考えると今の建物っていうのはそこにあって“ない”ようなものなんですよ。私は『建物』と『建築』は別だと思っていて。建築するのは建物じゃなくてもいいんです。平面図や図面や模型は何も『建築』を模しているわけではないんです。だから建物よりも哲学的な『建築』。意味的な強度の強いもの、それができるという風に思っています。それはダンスでも音楽でも詩でもインスタレーションでも可能だと思っていて。だから、指と指の間にも建築は作り得るし、頭の上にも作り得るっていうのが自分の考え。このヘッドドレスも、建築なんですよ」

「都市の意味というのがどんどん変わってくんでしょうね。だから、身体性が軽んじられるっていうか。日本において街角から本屋さんがすごくなくなったりしているということにも関係すると思いますけども。本屋は売れてる本だけ売るんじゃなく、フラヌールというか、目的もなくぶらぶらと歩く、無目的な行動を保証する場所でもあったと思うんですよね。だから、本屋が街からなくなるっていうのは、非常に危ういことだと思いますね」

 変化する街のあり方だが、ヴィヴィアンさんは「同時に、私たちは恵まれた時代にいるんじゃないかとも思う」という。

「コロナ後は『やっぱりリアルだ』ということがよく言われましたが、本当は全部違う体験のはずです。音楽でも、ライブなのか、レコードなのか、テープなのか、CDなのか、iPodやiPhoneみたいなものなのか、それからラジオなのか、テレビから聞こえてくる音楽なのか、隣の部屋から聞こえてくる音なのか。その全ての体験が違うはずで、それぞれの良さがあって、それを選べる恵まれた時代なのも確かだと思う。それは都市に置き換えても同じで、人や場所によって様々な時間軸というか次元があるべきだし、その町の全部の箇所にね。だからこそ1つの会社や考え方だけに均一化されてしまうのは危険だと思います。それから、受け止め側も、それぞれの補助線をどう引くかというのも大事ですよね。誰に街を案内してもらうか、誰と過ごし、誰に声をかけるか、それによって全く違う街になります。それは映画にしろ、美術作品にしろ『芸術は素晴らしいもの』っていう考え方だけではなくて、芸術を自分との媒体とか触媒みたいな考え方に広げてみることでもあります。それによって社会にどういう風に機能するかとか、他人や社会がどういう風に物事を見ているとか、自分はどういう風に見ていたのかとか、それを考える触媒になるんですよね。だからこそ、様々な物差しがあるべきですね。逆に物差しがないっていうのは非常に危険だと思いますね。それは街を作ってる人もそうだし、街に接している私たちにも様々な物差しがあるべきなんです。『何もない街だな』と思うんじゃなくて、半日自分の足で歩いてみるとか、地元の人の話を聞いてみるとか、行く前から、1ヶ月前から色々調査してみるとか、その町の図書館に行ってみるとか、いろんな攻めの態度、能動的にやると立ち上がってくる魅力ってあるんですよ」

「飲まない人」のゴールデン街の楽しみ方。

 今度の「新宿ゴールデン街秋祭り」でも、能動的に酒場に参加してみると、全く違う体験を得られるかもしれない。それでも「ゴールデン街」と聞くと、なんだか敷居の高さを感じてしまう。それに、お酒に強くない人が酒場を楽しむことってアリなのかな。

「お酒はやっぱり嗜好品なので、ちょっと自由に粋に飲んでほしいなとは思いますよね。飲めない時は、お店の人に奢るとか、お金の落とし方を考えてみてください。別に我慢大会じゃないからね。2日酔いで大変な時に頑張って飲むってことではなく、そういう時は別にノンアルコールを頼んでもいいわけだし。ただ、酒場のあり方というのは、コロナ禍を経験して、より考えましたね。あらゆることがオンラインに切り替わる中、本来、普通の酒場では何が行われていたのかと。例えば酒場の1番端っこの席に、名前も知らないし、初めて来た人がいるとする。その人は一言も喋らない。別の席では会話が1つ成り立ってる。端の彼が会計をして一言も喋らないで帰った場合、帰った瞬間にまた会話が変わる。要するに、彼もそこの会話に参加していたってことですよ。酒場っていうのは、単にアルコールを摂取するだけではなく、単にチャットでタイピングするものでもなく、そこには、エントロピーが満たされていて、エネルギーの交換が行われてたんじゃないかと。空間にあるエネルギーを集約したり、跳ねのけたり、選別したり、スルーしたり、そういうエネルギーの交換がなされる場なんじゃないかと思うんです」

 酒場は生身の空間だ。ヴィヴィアンさんが前編で話した生身の「演劇的空間」ともいえそうだ。そういう空間に入って、能動的に楽しんでみることこそが、酒場の味わい方の一つかもしれない。

「ゴールデン街の場合、喧嘩も実はオーケーなんですよね。まあ、してしまうんですよ(笑)喧嘩や口論っていうのは結構当たり前だし、その方が仲良くなったり意気投合したりする。それを上手に止めてくれる人がいたり、自分も言い過ぎたなと反省したりする。まあ、そういう街ですよね。それに、今度の『ゴールデン街秋祭り』も全部の店が参加するわけではないんですよ。足並み揃えたくないっていうのが、あの街の特徴っていうか、いいところでもあるし。ガイドブックには『私が紹介する店』みたいなページもあるのですが、拒否して載せてない店もたくさんあるわけね。だから載ってない店にあえて全部行くとかね。あと、載ってる店を全部出禁になるとかね(笑)そういう逆説的なこともあってもいいんじゃない?」

インフォメーション

「私は新宿である」ヴィヴィアン佐藤さんロングインタビュー。/後編

新宿ゴールデン街秋祭り

約300軒もの個性的な飲食店がひしめく、国内屈指の飲み屋街・ゴールデン街で気軽にはしご酒。戦後に誕生して以来、幾多の変遷を経て、輝き続ける同エリアにフォーカス。

また、2006年逝去した流しの写真家という異名を持つ渡辺克巳氏の名写真集『新宿』から幾つかの代表作をゴールデン街の路地や建物、遠くのビルに投影する展覧会をヴィヴィアン佐藤さん監修により開催。当日は、5軒はしごで渡辺克巳氏のポストカードが進呈されます。

場所:新宿ゴールデン街
日程:11月10日(日)
時間:15:00~22:00
イベントの楽しみ方:全店チャージ無料、1杯500円~ ※雨天決行

Official Website
https://shinjuku-bar.tokyo/goldengai/


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