カルチャー
オルタナティヴ・コミックの帝王、ロバート・クラムのナード・ライフ。
2022年3月10日
※本記事は2012年782号に掲載された記事に加筆・修正をした再編集版です。
photo: Nagahide Takano, United Archives/アフロ
text: Kosuke Ide
edit: Yu Kokubu
「カリスマ」ってのはたいていの場合、能力が高くリーダーシップがあって威厳のあるヤツだ。秀才でスポーツ万能、遊び上手で男女問わず好かれるナイスガイ。しかし、あのアメリカで、そのまったく正反対のタイプでありながら若者のカリスマとなった男もいる。
分厚いレンズのメガネをかけて年中同じジャケット姿、スポーツはからっきしで趣味は戦前のSPレコード収集。性格は卑屈で人間嫌い。女性の尻と太腿の妄想に耽り、家でマンガばかり描いている“ネクラ(死語)”な性格の男。ロバート・クラムは、そんなナードなアウトサイダーの目から見た、暗くよこしまで歪んだ「裏側のアメリカ」を毒気たっぷりのユーモアで描き出し、1960年代西海岸のカルト・ヒーローとなった「オルタナティヴ・コミック」の帝王である。
クラムの最も知られる仕事のひとつは、ジャニス・ジョプリンが世に出るきっかけとなったビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールティング・カンパニーの名盤『チープ・スリル』(1968年)のジャケット・アートーワークだろう。ロックやヒッピー・ムーヴメントといった反体制文化が吹き荒れた60年代末のサンフランシスコで、クラムは過激なアンダーグラウンド・コミック雑誌『ZAP』を刊行し、その独自の世界を表現し始めた(ジャニスはこの雑誌の愛読者だった)。
とはいえ、クラムは実は若者たちの好きなロック音楽にはまったく関心がなかったというから面白い。彼が愛したのは、「ジャズ・エイジ」と呼ばれた20年代を中心とした戦前のカントリー、ブルース、ジャズ、ジャイヴ、ラグタイム、ヒルビリーなどのオールド・タイム・ミュージック。クラムは現在のヴァイナル・レコード(LP、EP)が登場する以前にリリースされた「SPレコード」の世界的コレクターとして知られている他、自らこうした音楽を演奏するミュージシャンでもある。74年には同じくマニアの友人たちとストリングス・バンド、「チープ・スーツ・セレネーダーズ」を結成。バンジョーとヴォーカルを担当し、3枚のアルバムを残している。
クラムのコミックにおける代表作のひとつが、『フリッツ・ザ・キャット』。マリファナを吸っては女と寝る、口が悪くてワイルドな自由人(猫?)のフリッツは、清く明るいディズニー・キャラクターに対する強烈なアンチテーゼでもあった。他にも『ミスター・ナチュラル』、『キープ・オン・トラッキン』といったコミックをヒットさせ、若者たちから熱い支持を受けたクラムは一躍、ヒップな世界のスターとなり持て囃されるが、その称賛とカリスマ視に、幼少期からナード人生を歩んできた彼は困惑し、辟易したという(有名になり、突然女性にモテるようになってかなりの無茶をした、と反省してもいる)。
カウンターカルチャーの象徴として半ば伝説化していった一方で、ドラッグ描写や女性に対する一方的な妄想を隠そうともしない彼の作風が「世の公序良俗に反する」として議論や批判の対象になってきた面もある。そうしたさまざまな評価を受けながらも、クラムは数十年にわたりアーティストとして己の道を突き進み、コミック、イラスト、装画(チャールズ・ブコウスキーとのコレボレーションで知られる)、レコードジャケットのアートワーク(もちろん戦前ブルースとかジャズの)などの活動を続けてきた。現在も彼は、アメリカで最も有名なコミック・アーティストの一人であり、数々の国際的な賞を受賞してきた。
そんなクラムの数奇な人生を追った94年のカルトなドキュメンタリー映画『クラム』が今、再上映されている。監督はテリー・ツワイゴフ、後にダニル・クロウズによるコミックを映画化して90sクラシックとなった『ゴースト・ワールド』を手掛けた人物だ。
クラムの幼少期の荒んだ家庭環境や、心を病んだ彼の兄弟たちなど、その姿を通してアメリカ社会の暗部も映し出されている。90年代、この映画の公開によって改めて注目を集め、名声が高まったクラムだが、本人はそんな風潮から逃れるように、30年以上もずっと南フランスの自然溢れる村で妻と静かに暮らしているとか。今年で79歳になる彼はおそらく今日も安背広(Cheap Suits)を着て、お気に入りのSPレコード盤をひっくり返しては、気ままに絵を描き続けているだろう。
映画『クラム』オフィシャルサイト:https://crumb2022.com/
2022年2月18日(金)~
新宿シネマカリテほか全国順次公開
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