カルチャー
オルタナティヴ・コミックの帝王、ロバート・クラムのナード・ライフ。
2022年3月10日
※本記事は2012年782号に掲載された記事に加筆・修正をした再編集版です。
photo: Nagahide Takano, United Archives/アフロ
text: Kosuke Ide
edit: Yu Kokubu
「カリスマ」ってのはたいていの場合、能力が高くリーダーシップがあって威厳のあるヤツだ。秀才でスポーツ万能、遊び上手で男女問わず好かれるナイスガイ。しかし、あのアメリカで、そのまったく正反対のタイプでありながら若者のカリスマとなった男もいる。
![三浦節子著『アメリカン・コミックスへの旅』(1981年、冬樹社)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33387.png)
![海外コミック専門誌『WOO』創刊号(1972年、ツル・コミック社)。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33377-1.png)
分厚いレンズのメガネをかけて年中同じジャケット姿、スポーツはからっきしで趣味は戦前のSPレコード収集。性格は卑屈で人間嫌い。女性の尻と太腿の妄想に耽り、家でマンガばかり描いている“ネクラ(死語)”な性格の男。ロバート・クラムは、そんなナードなアウトサイダーの目から見た、暗くよこしまで歪んだ「裏側のアメリカ」を毒気たっぷりのユーモアで描き出し、1960年代西海岸のカルト・ヒーローとなった「オルタナティヴ・コミック」の帝王である。
![ロバート・クラム](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/aflo_182700889-1600x1263.jpg)
![『旧約聖書(創世記編)』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/02/DMA-9113-1.png)
![『FRITZ the cat』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/02/DMA-9128-1.png)
![『ロバート・クラム BEST』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/02/DMA-9146-1.png)
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/02/DMA-9254-1.png)
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/02/DMA-9253-1.png)
![コミック誌『Zap Comix』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33365-1600x1600-1-e1646565387630.png)
![『Zap Comix』の3号](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33367-1-1600x1190.png)
クラムの最も知られる仕事のひとつは、ジャニス・ジョプリンが世に出るきっかけとなったビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールティング・カンパニーの名盤『チープ・スリル』(1968年)のジャケット・アートーワークだろう。ロックやヒッピー・ムーヴメントといった反体制文化が吹き荒れた60年代末のサンフランシスコで、クラムは過激なアンダーグラウンド・コミック雑誌『ZAP』を刊行し、その独自の世界を表現し始めた(ジャニスはこの雑誌の愛読者だった)。
![クラムが手掛けたビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールティング・カンパニーの『チープ・スリル』(1968年)のジャケット](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33369-1.png)
![クラムが描いたレコードのジャケット・アートワークを集めた本『The Complete Record Cover Collection』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33374-2-1600x805.png)
![クラムが描いたレコードのジャケット・アートワークを集めた本『The Complete Record Cover Collection』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33373-2-1600x806.png)
![クラムが描いたレコードのジャケット・アートワークを集めた本『The Complete Record Cover Collection』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33372-2-1600x810.png)
![クラムが描いたレコードのジャケット・アートワークを集めた本『The Complete Record Cover Collection』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33376-2-1600x804.png)
![チャールズ・ブコウスキーの短編小説にクラムが挿画を描いた冊子『There's No Business』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33380-1.png)
![チャールズ・ブコウスキーの短編小説にクラムが挿画を描いた冊子『Bring Me Your Love』](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33381-1.png)
![『R. Crumb's Heroes of Blues, Jazz & Country』(Harry N. Abrams)。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33382-1.png)
![『R. Crumb's Heroes of Blues, Jazz & Country』(Harry N. Abrams)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33385.png)
とはいえ、クラムは実は若者たちの好きなロック音楽にはまったく関心がなかったというから面白い。彼が愛したのは、「ジャズ・エイジ」と呼ばれた20年代を中心とした戦前のカントリー、ブルース、ジャズ、ジャイヴ、ラグタイム、ヒルビリーなどのオールド・タイム・ミュージック。クラムは現在のヴァイナル・レコード(LP、EP)が登場する以前にリリースされた「SPレコード」の世界的コレクターとして知られている他、自らこうした音楽を演奏するミュージシャンでもある。74年には同じくマニアの友人たちとストリングス・バンド、「チープ・スーツ・セレネーダーズ」を結成。バンジョーとヴォーカルを担当し、3枚のアルバムを残している。
![NYの音楽誌『Wax Poetics』60号(2014年、WPMedia BV)に掲載されたクラムの取材記事](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33379_2-e1646569944666.png)
![『R. Crumb and His Cheap Suit Serenaders』R. Crumb And The Cheap Suit Serenaders (Blue Goose)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33335-1.png)
![・『River Blues / Wisconsin Wiggles』R. Crumb and his Keep-On-Truckin' Orchestra (Krupp Comic Works)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33336-1.png)
![・『Singing In The Bathtub』R. Crumb And The Cheap Suit Serenaders (Shanachie)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33393-1.png)
クラムのコミックにおける代表作のひとつが、『フリッツ・ザ・キャット』。マリファナを吸っては女と寝る、口が悪くてワイルドな自由人(猫?)のフリッツは、清く明るいディズニー・キャラクターに対する強烈なアンチテーゼでもあった。他にも『ミスター・ナチュラル』、『キープ・オン・トラッキン』といったコミックをヒットさせ、若者たちから熱い支持を受けたクラムは一躍、ヒップな世界のスターとなり持て囃されるが、その称賛とカリスマ視に、幼少期からナード人生を歩んできた彼は困惑し、辟易したという(有名になり、突然女性にモテるようになってかなりの無茶をした、と反省してもいる)。
![『Gotta Have 'Em』(2003年、Greybull Press)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/unnamed-1600x2021.png)
![『Gotta Have 'Em』(2003年、Greybull Press)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33355-1-1600x975.png)
![『Gotta Have 'Em』(2003年、Greybull Press)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33356-1-1600x980.png)
![『Gotta Have 'Em』(2003年、Greybull Press)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33354-1-1600x980.png)
![『Gotta Have 'Em』(2003年、Greybull Press)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33353-1-1600x983.png)
カウンターカルチャーの象徴として半ば伝説化していった一方で、ドラッグ描写や女性に対する一方的な妄想を隠そうともしない彼の作風が「世の公序良俗に反する」として議論や批判の対象になってきた面もある。そうしたさまざまな評価を受けながらも、クラムは数十年にわたりアーティストとして己の道を突き進み、コミック、イラスト、装画(チャールズ・ブコウスキーとのコレボレーションで知られる)、レコードジャケットのアートワーク(もちろん戦前ブルースとかジャズの)などの活動を続けてきた。現在も彼は、アメリカで最も有名なコミック・アーティストの一人であり、数々の国際的な賞を受賞してきた。
![ロバート・クラムがピッツバーグのレコード店『Jerry’s records』のために作ったノベルティグッズ](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33395-1600x1636.png)
![ロバート・クラムがピッツバーグのレコード店『Jerry’s records』のために作ったノベルティグッズ](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/03/210221_33400-1600x1687.png)
そんなクラムの数奇な人生を追った94年のカルトなドキュメンタリー映画『クラム』が今、再上映されている。監督はテリー・ツワイゴフ、後にダニル・クロウズによるコミックを映画化して90sクラシックとなった『ゴースト・ワールド』を手掛けた人物だ。
クラムの幼少期の荒んだ家庭環境や、心を病んだ彼の兄弟たちなど、その姿を通してアメリカ社会の暗部も映し出されている。90年代、この映画の公開によって改めて注目を集め、名声が高まったクラムだが、本人はそんな風潮から逃れるように、30年以上もずっと南フランスの自然溢れる村で妻と静かに暮らしているとか。今年で79歳になる彼はおそらく今日も安背広(Cheap Suits)を着て、お気に入りのSPレコード盤をひっくり返しては、気ままに絵を描き続けているだろう。
映画『クラム』オフィシャルサイト:https://crumb2022.com/
2022年2月18日(金)~
新宿シネマカリテほか全国順次公開
関連記事
![スーザン・ケアを知ってるかい?](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2021/05/unnamed-3-1600x1064.jpg)
カルチャー
スーザン・ケアを知ってるかい?
初代Macのアイコンを生んだ伝説のデザイナーの仕事。
2021年6月16日
![コンビニにある怖いコミックの正体。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2021/08/IMG_0625-1600x1600.jpg)
カルチャー
コンビニにある怖いコミックの正体。
書棚の片隅に「怖」や「恐」が躍るエグめの背表紙。
2021年8月19日
![ぴょんぬりらが描く、シュロの漫画。「ぼうぼう」前編。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/01/7601db43cb52b384183b4cec6dfe7045.jpg)
カルチャー
ぴょんぬりらが描く、シュロの漫画。「ぼうぼう」前編。
2022年2月1日
![[#3] 漫画編集者の仕事の中でいちばん言語化しづらいところ。(担当・中川編)](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2021/05/unnamed-2.jpg)
ライフスタイル
[#3] 漫画編集者の仕事の中でいちばん言語化しづらいところ。(担当・中川編)
トーチ編集部員4名によるリレー形式コラム。
2021年5月23日
![Cook the Books – イルマティック読書案内。 – Vol.2](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2021/09/CF007301-1600x1199.jpg)
カルチャー
Cook the Books – イルマティック読書案内。 – Vol.2
"幻のマイナー・ポエット"、伊藤重夫をめぐって。/文・井出幸亮
2021年9月23日
ピックアップ
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/hh_01_1080x1080-750x750.jpg)
PROMOTION
もしものときの「118」。ドコモと〈ヘリーハンセン〉が広める、安全なマリンライフ。
2024年7月15日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/05/01-1-750x1131.jpg)
PROMOTION
夜にかける〈IZIPIZI〉のサングラス……?
IZIPIZI
2024年7月5日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/BAOBAO_fin_v2.gif)
PROMOTION
〈BAO BAO ISSEY MIYAKE〉のバッグとピザと僕。最高の“三角”関係。
2024年7月8日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/1x1.jpg)
PROMOTION
〈adidas Originals〉とシティボーイの肖像。#5
Tohma Picaulima(21)_『Cosmos Juice Tomigaya』Staff
2024年7月16日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/a98b1120712ae2558c294773114e59b3-750x750.jpg)
PROMOTION
〈DAMD〉の車に乗って、僕らしいひとり旅をカスタム。
DAMD
2024年7月8日