TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#4】小野耕世の世界像。
執筆:川勝徳重
川勝徳重
text: Tokushige Kawakatsu
edit: Ryoma Uchida
2024年11月5日
『痩我慢の説』の連載中は、評論の連載もあり多忙でした。変な夢ばかりみるので、このままの生活を続けていると気が狂うと思っていたら右耳が聴こえなくなりびっくりしました。治療したら治ったので良かったです。
むかし古賀新一先生が私に「エコエコアザラクの連載が終わった次の日、ぐっすり眠って鏡を見たら一晩で白髪になった」と仰ったことがありました。当時は眉唾な話だと思いましたが、今は正真正銘の真実だと確信しております。漫画を長くやっていると、漫画自体だけでなく、実際の先生方のお話を伺える役得もありますね。
さてこちらの写真は(おそらく)本邦、初披露。第二回で取り上げた大城のぼる先生の貴重なポートレイトです。先日、友人の新美ぬゑさんと、小野耕世さんのお宅を尋ねたときにお借りした、ネガ・フィルムに写っていました。
撮影者の小野耕世さんは海外漫画の紹介者としてよく知られています。1970年代後半には晶文社で『バットマンになりたい』『ぼくの映画オモチャ箱』といった洒落た本を多数執筆。もちろん装丁は平野甲賀!!
翻訳した本は数知れず。ロバート・クラム、アート・スピーゲルマン、ウィンザー・マッケイ、ジョー・サッコ、それにマーヴェル・コミックス……。小野さんの驚異的な仕事が、どれだけ日本の漫画情況を豊かなものにしたか。私はニューヨークに住んでいた姉を訪ねるとき、いつも『アメリカン・コミックス大全』を片手に書店を巡りました。大城のぼるも彼の関わった復刻本で知りました。
この文章を書くにあたって彼の翻訳書や評論本を読み直し、その漫画にかける情熱の途方もなさに圧倒されました。「漫画が好きだから」という理由にしては、あまりにも膨大な仕事。そこには海外漫画の啓蒙というよりも実存をかけた情熱を感じるのです。
評論集『長編マンガの先駆者たち』は、珍しく日本の漫画家を論じた本です。これは1930年代から1950年代前半までの作家を扱っていて、前回、私が書いた「赤本漫画」の華やかなりし時代と重なります。扱われる漫画は、どこか欧米の漫画の雰囲気を感じるものばかり。大城のぼるも、横井福次郎も、手塚治虫もデビューの頃は赤本漫画の世界で、キューピーやターザン、ピノキオの漫画を(勝手に)描いていました。彼らはみな、舶来品だったアメリカ文化が、敗戦と占領により直接的なものになった共通の体験があります。それが彼らの漫画の「描線」に反映されているのです。
手塚治虫はその後も大いに活躍しますが、彼の昭和20年代の漫画から滲み出るアメリカ漫画の雰囲気を継承した作家はついに現れなかったように見受けられます。
『長編マンガの先駆者たち』は、小野耕世の歴史観から見たもう一つの日本漫画史です。そして、これまでの彼の海外漫画の翻訳・紹介の仕事から逆照射することで昭和30年代以降の日本漫画の持っているオルタナティヴな視座を見出すこともできるかもしれない……そんな可能性さえ夢想させる著作です。
よい漫画や評論は謎があると同時に、歴史の媒介者となりうる。そんなことを大城のぼる先生、小野耕世さんの仕事に感じるのです。それに二人とも、文章や絵が洒落ていますし憧れますね。
プロフィール
川勝徳重
かわかつ・とくしげ|1992年、東京生まれ。漫画家。著書に『電話・睡眠・音楽』『アントロポセンの犬泥棒』『痩我慢の説』(いずれもリイド社)。現在、戦前の児童漫画叢書ナカムラ・マンガ・ライブラリーの長編評論『夢と重力』執筆中。2025年にまんだらけ出版より刊行予定。
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